パリ最古の自家焙煎のコーヒー豆専門店
『ヴェルレ』は近年改装したものの、創業は1880年の老舗中の老舗。パリ最古の自家焙煎のコーヒー豆専門店兼カフェです。新しい店とは違った風格と落ち着きがある一方で、地元のコーヒー好きが、普段着で自転車に乗ってさっと立ち寄るような、豆屋としての活気もあります。
壁一面には数々のコーヒー豆が取り揃えてあり、珍しくも、世界で最も貴重なコーヒーとして名高いジャコウネコの糞から集めた「コピ・ルアク」も常備していました。
ジャコウネコはシャネルなどの香水の原料となる香料を分泌する動物で、熟れた良質なコーヒーの実のみを選んで食べるのだそうです。そもそもの始まりは、インドネシアがオランダの植民地だった当初、栽培しているコーヒーを現地人が飲むことを許されなかったこと。彼らはコーヒーを飲みたいあまり、ジャコウネコの糞の中から見つけた豆を綺麗に洗い、焙煎して飲んでみたのです。そして、偶然にも消化酵素が程よい風味を引き出し、素晴らしい芳香のコーヒーになっていることに気づいたのでした。
このカフェでは、その「コピ・ルアク」を比較的手頃に飲むことができることがわかり、思い切って財布のひもを緩めることにしました。期待に胸膨らませて飲んでみたところ、意外に「普通に」美味しい。心のどこかで、とんでもなく個性的な味を期待していたのかもしれません。しかし、マイルドで雑味がなく、ストレートで飲むとすっきりとした味わいです。かつては王侯貴族しか口にすることができなかったという貴重な「コピ・ルアク」。軽いランチを一食抜けば庶民の我々の手にも届く時代になったとは、なんとありがたいことでしょう。
帰り際に自宅用に豆を求めようとお勧めを聞いてみたところ、なんと、セントヘレナ島産の、あのナポレオンが愛した豆がありました。その名も「ナポレオン」。何もない孤島へ島流しされるという憂き目にあいながらも、ナポレオンの人生を豊かにしてくれた、上質の稀有なコーヒー……。
「ナポレオン」は年間生産量が500kgほどと少ないため、こちらの店で常備するためにその多くを買い取っているとのこと。希少価値が高く「コピ・ルアク」よりもさらに高価、手は出ませんでしたが、いつかまたこのカフェを訪れることがあれば、ナポレオンが愛したこのコーヒーを味わってみたいと思います。彼のかつての栄華衰退に想いをはせながら——。