文=吉田さらさ 撮影=JBpress autograph編集部

展示風景より、左・重要文化財 不動明王立像 平安時代 12世紀 京都・神童寺、右・重要文化財 文殊菩薩騎獅像 平安時代 10世紀 京都・禅定寺

京都府の最南部、奈良県との県境に位置する南山城

「京都、南山城」と言われて、すぐにどのあたりだかわかる人は、かなりな京都通、仏像通であろう。山城国というのは京都府の南部地域を指す旧国名で、それにさらに南がつく南山城は京都府の最南部、奈良県との県境に位置する。

 このあたりは滋賀県、三重県などにもつながる交通の要衝であり、平城京、平安京の影響も受けて古くから仏教文化が栄えてきた土地柄だ。優れた仏像が多いことでも知られるが、交通の便がよくないため、思い立ったらすぐ会いに行けるというわけではない。それだけにますます思いが募る美仏の数々。それらがわざわざ東京まで来てくださるのだから、この機会を絶対に逃してはならない。

 まずは展覧会の副題にもなっている「浄瑠璃寺九体阿弥陀」について。浄瑠璃寺は南山城でももっとも南寄りにある当尾というのどかな里にあり、隠れ寺のような風情と他では見られない印象的な仏像群で人気が高い。何しろここには、美しく慈愛に満ちた阿弥陀如来坐像が九体も並んでいるのだ。

 この九体の阿弥陀様には2018年から5年の歳月をかけて修復が施され、その完成記念としてこの特別展が開催されることになった。そしてその九体のうち一体がこの会場に展示されている。わたしも浄瑠璃寺には何度かお参りしたが、まさかお寺の外でこちらの阿弥陀様にお会いする日が来るとは思ってもみなかった。

展示風景より、左・国宝 多聞天立像(四天王のうち) 平安時代 11〜12世紀  中・国宝 阿弥陀如来坐像(九体阿弥陀のうち)平安時代 12世紀 右・国宝 広目天立像(四天王のうち) 平安時代 11〜12世紀 すべて京都・浄瑠璃寺

 なぜ阿弥陀如来像が九体あるのか。それは、平安時代に流行した末法思想に由来する。人々は、末法すなわち仏の教えが正しく伝わらない乱れた世の中がやってくると恐れ、極楽往生を願う浄土信仰が広まった。浄土信仰では、生前に徳が高かった人は菩薩、飛天などが勢ぞろいのお迎えがやってきて素早く極楽に行け、それほど徳が高くなかった人はお迎えもなくのろのろ極楽に行くと説いている。

 その段階は九つあり、それぞれに対応する阿弥陀如来が必要となるため、お堂に九体の阿弥陀如来像を並べることが流行した。文献資料により30例ほどもあったことが確認されているが、九体阿弥陀とお堂が平安時代の姿のまま現存しているのは浄瑠璃寺だけ。というわけで、そのうち一体が東京に来てくださったのは本当に特別なことなのである。

 今回はじめてこの阿弥陀様にお会いする方は、会期終了後にぜひ、当尾の浄瑠璃寺まで足を運んでいただきたい。九体の阿弥陀仏が並ぶ静謐なお堂とその前の池の風景は、平安貴族が思い描いた極楽浄土そのものである。