ワインのみらい
シャトー ラグランジュの話からはちょっとそれるけれど、とはいえ、シャトー ラグランジュに期待できる例のひとつとして、サントリーの日本ワインについての話をしたい。
この7月、イギリスのワインコンテンスト「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード2023」で、日本からの出品で最高位のプラチナ賞を『SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州 2021』が、さらに、金賞を『SUNTORYワインのみらい 立科町 甲州 冷涼地育ち 2021』、銀賞を『SUNTORYワインのみらい 甲州 日本の白 2020』が獲得したという、ニュースが報じられた。
山ひとつまるごとワインづくりに使う登美の丘。こういうワイナリーは、世界的にも珍しく、その環境を知り尽くし、その美質を、100年磨いたワインづくりのテクニックで真っ直ぐに表現した「登美の丘の甲州」のワインである『SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州』の2021年が、作柄にも恵まれ、最高の賞を獲得したのは、日本のワイン好きとしては誇らしい一方で、当然といえば当然の結果、ともおもうのだけれど、これと一緒に『ワインのみらい』が賞をとっているところにはちょっと驚く。
『ワインのみらい』は言ってしまえば、クラフトワインだ。日本各地の栽培家や醸造家が、型にとらわれず、こんなの面白いんじゃない?とアーティスト感覚で少量つくったワイン。これをサントリーがオンラインショップと登美の丘ワイナリーで販売しているのも面白いのだけれど、それを賞をとるつもりでコンテストに持って行っていたとは……
「ワインのみらいについて語りはじめると一日中語っちゃいますけれど、せっかくですから、これだけは言わせてください。ワインの素晴らしいところって、1年に1度しかつくれないっていうことはもちろんありますけれど、1年に1回つくって、ものができる、というところです。でも、そのとき、大手だからって、混ぜてしまうのはやっぱり良くなくて、ひとつひとつに特徴を出す、というところと……」
ここで、吉雄さんは大事なことを語っている。この話は、そもそも、ブドウ果汁として流通する原料を使うワインではなく、ブドウ果実からつくるワインについての話なのだけれど、サントリーのような大手メーカーであれば、ワインを大量生産できるだけの設備があり、そして、言ってしまえば、多少、不出来なブドウであっても、それを、それなりのワインに仕上げてしまうだけの技術力もある。ブドウのもつ個性を、甘いブドウとか酸っぱいブドウとかいった、大雑把な特徴で分けてしまって、産地やつくり手は無視して混ぜ合わせることで均質化してしまい、それらを材料として、技術力でほどほど上手にまとめてしまえばいいのだ。それは、できることだし、ワインでビジネスをする以上、決して、誤った選択でもない。むしろ、ブドウ栽培家の生活の安定を考えた場合は、合理的とすら言える。しかし、それを「やっぱり良くない」と言うのだ。
とはいえ、どんなにやる気があって、土地の個性、品種の個性を、ブドウに反映できたとしても、地方の独立した栽培醸造家の場合、それをワインにまとめ上げる技術を養う修練の機会は多くない。なにせ、通常、そのチャンスは1年に1度しかないのだ。そこを個人の才能や努力で、なんとかできたとしても、今度は、そういう“とんがった”ワインを売る力があるのか?という問題が立ちふさがる。
実際、日本には、そういうワインが少なくないのだ。そもそも存在を知るのが難しいし、知って興味を持っても、飲んでみないと、結局、どんなワインかわからない。そして飲んでみても、人を選ぶワインの場合がほとんどだし、傑作がある一方で、出来の悪いものもある。それが、2年後、3年後、ウワサにあがって、また買ってみたいとおもっても、今度はどこで買えるのか、飲めるのかもわからない、なんていうことはよくあることだ。
一方で、「ワインのみらい」は、サントリーのオンラインショップで買えるし、飲む前から、それがどんなワインか、かなり想像がつくように配慮されている。
そういう前提があって、吉雄さんの話はこう続いていく──
「つくり手と、マーケティングが一緒にワインをつくるというのがうちの特徴です。つくり手は、デザイン、ネーミングなど、諸々の企画をやりきれないものです。「ワインのみらい」チームは、そういうことをつくり手と一緒にやっているんです」
「デザイナーも入って、どういうワインがいいのか? どうしたらお客様に伝わるのか? 一緒に考えていく。自分たちのやっていることではありますが、それができているのは、いいなと、私もおもいます。そして、それをお客様が褒めてくだされば、それはつくり手にフィードバックされて、つくり手もすごくやる気になるんです。「ワインのみらい」をつくっているような若い人たちは、なかなか自分の作品が世に出ない。それが、こうして世に出て、評価を受ければ、それは本当にワインのみらいをつくっていくんじゃないでしょうか?」
ここで、シャトー ラグランジュの話に戻るけれど、シャトー ラグランジュには2004年から、椎名敬一さんという人が、経営に参加していた。椎名さんは2020年に、シャトーを離れ、いまは日本、主に登美の丘、塩尻で日本ワインの品質向上のために働いている。そして、ラグランジュの後任には最高戦略責任者兼副社長というポジションで、桜井楽生さんという人が就いている。この桜井さんも、ラグランジュで活躍する一方で、北海道でスパークリングワインをつくるプロジェクトを進めていたりする。
つまり、日本であろうと、フランスであろうと、サントリーは区別なく、ワインをつくるし、ワイン文化を育てる。だから、登美の丘はいいけど、ラグランジュはいまいち、とかいう状況は、ちょっと想像できない。
何年かかるかは自然次第なところもあるけれど、良くする、と言っている以上は、良くなる。
経営参画40周年の記念の年ということもあって、今年も既に2回ラグランジュを訪れているという吉雄さん。
シャトー ラグランジュのつくり手たち、地元のネゴシアン、クルチエ(いずれもワイン生産者と小売業者をつなぐ卸売業者のような存在)、サン・ジュリアン村の人たちに、40年間の感謝を伝えたそうだ。
「地元に受け入れられているとひしひしと感じました。サントリーさんよくがんばったね、おいしくなったねっていう感じのことを言われて、とても嬉しかった」
シャトー ラグランジュのボトルを見ても、サントリーが関わっていることは、ほぼ、わからない。でも、地元の人々だけでなく、世界のワイン好きが、ラグランジュの今は、サントリーなしにはあり得なかったことを知っている。だからたまには、もうちょっと主張してもいいんじゃないか?
40周年で何かやらないんですか? と最後にたずねてみると、どうやら、この秋、特別なワインを考えているらしい。
真摯なものづくりの話のなかに、再び割って入って恐縮だけれど、筆者おもうに、それは買って、絶対損はない。