文=加藤恭子 撮影=加藤熊三、榎酒造
水の代わりに日本酒で仕込む“貴醸酒”
若草色の白ブドウをしぼったような、透明感のある黄金色。そのしずくを口に含むと、とろりとしたやさしい甘さとともに、レモンのような酸味が南国の雰囲気を漂わせる。甘口の白ワインにも似ているが、ふくよかな日本酒らしさも・・・。最近、よく見かける白麹仕込みの日本酒とも一線を画す。なにこれ!
この酒は、“貴醸酒”。仕込みの際、水の代わりに一部を日本酒で仕込むことで、まるで貴腐ワインのような濃厚な甘さの酒質になる。
“日本初の貴醸酒”を造った蔵
「さわやか貴醸酒 華colombe ~白麹混合仕込み~」を造るのは、メイン銘柄「華鳩」で知られる広島県呉市音戸町の榎酒造。日本の瀬戸内海西部に浮かぶ倉橋島にあり、わずか幅70メートルの海峡(日本一小さい海峡といわれる!)で隔てられた呉市とは、音戸大橋で結ばれている。
創業は、明治32(1899)年。当時、瀬戸内海は生活必需物資などを輸送する小型の帆船が行き交い、倉橋島も海運業に従事する人々でにぎわっていた。榎酒造を率いる4代目の榎俊宏さんはこう話す。
「かつての倉橋島は“風待ち”、“潮待ち”といって、船が出航するまで島に滞在する人々で栄えました。つまり、お酒の大消費地でもあったため、酒造業を始めたと聞いています」
音戸町には平家の落人の子孫といわれる人々が多く住んでいて、代々この島に暮らす榎家もその末裔と考えられている。
そんな榎酒造は1974年、国税庁醸造試験所の製造特許をもとに、“日本初の貴醸酒”を造った革新的な蔵。現会長の3代目、榎徹さんが「誰も飲んだことのない新しい酒にチャレンジし、日本酒の幅を広げたい」と取り組んだ。
「当時、日本政府が海外の要人をもてなす際に、貴腐ワインのような高級感のある日本酒を造ることができないかということで、当時、東京都北区滝野川にあった醸造試験所で貴醸酒が開発されたそうです。父はパイオニア精神が旺盛な人で、全国の蔵でただひとり、最初の貴醸酒造りに名乗り出たそうです」