辛口全盛期、甘くておいしい酒にショック!

 徹さんは、日本の醸造家仲間たちとヨーロッパのワイナリーを巡る経験もしていた。そこで出会ったのが、ワイナリーの醸造家たちが“うちでいちばん美味しいワインだ”と口をそろえて、ふるまってくれた貴腐ワインだった。その味わいに、徹さんは大きなショックを受けた。なぜなら、当時の日本は“辛口酒全盛期”。日本で甘い酒といえば、糖類などを添加した、重くべたついた酒しか手に入らない時代だったからだ。

「いつか貴腐ワインのような酒を造ってみたい、という思いが芽生えたようです。そんなタイミングで貴醸酒造りがスタートしました」

 最初に造った貴醸酒は、話題性もあり、あっという間に完売。2年目以降は数社も貴醸酒造りを開始し、造り手同士の情報交換のための貴醸酒協会も立ち上げられた。

麹米を自然放冷する。細やかな作業が続く

 

酵母の勢いをコントロールし、甘さを残す

 ところで貴醸酒とは、どうやって造られるのだろうか。そもそも一般的な日本酒は“三段仕込み”といい、水、蒸米、麹米を3回に分けて加えることで、微生物の“酵母”を増殖させていくことで、アルコール発酵をうまく進めていく。もし、いっぺんに原材料を混ぜれば酵母の増殖が間に合わず、雑菌が繁殖するおそれがある。

 なかでも、もっとも大きな仕込みが、3回目の「留添え」。貴醸酒造りではその最後の仕込みで、水の代わりに日本酒を使う。つまり貴醸酒は、半分ほどが水ではなく日本酒で造られていると考えてよい。榎酒造では、そこで純米酒をぜいたくに使う。

「仕込み水の代わりに酒を入れると、醪の発酵中、酵母の元気が少し弱まってアルコール発酵の速度が落ちます。すると、貴醸酒ならではの甘く濃醇な酒質になるというわけです。ただし、酒が多すぎると、酵母がダメージを受けて発酵が完全に止まってしまい、酒になりません。少なければふつうの酒質に近づいてしまうため、紙一重の匙加減ですね。酵母が耐えられるギリギリのところで、ゆっくり、ゆっくりと働いてもらいます」

 

ボリュームのある肉料理と相性抜群

柑橘類のような酸味が肉料理にもぴったり! バーベキューにもおすすめ

 貴醸酒の持ち味は、とろりとした甘さと濃醇さ。さらに、そこに明るくはっきりとした酸味が加わったのが「さわやか貴醸酒 華colombe ~白麹混合仕込み~」だ。通常、日本酒に使われる黄麹の代わりに、白麹を一部使うことでレモンのような酸味のクエン酸が加わる。

「10年以上前ですが、ある会議に出席したところ、新政酒造の佐藤祐輔さんが白麹を使う日本酒の製法を発表されていて、“それは面白い”と思って白麹を使ったのが最初です」

 濃醇な甘酸っぱい味わいは、ボリュームのある肉料理との相性がとくに抜群。野外料理などでは、ソーダ割りもおすすめ。濃醇な甘さを酸味が引き締めてくれる味わいは、夏にもよいが、秋深まるころにも気持ちいい。豊かな季節の恵みとともに楽しみたい!