文=加藤恭子 撮影=加藤熊三、外池酒造店

完熟した柑橘類やパイナップルを思わせる「望 bo:純米吟醸 ひとごこち」。春の生酒に続いて6月17日には火入れがリリース。瓶詰めしてから15分間ほどで急加熱、急冷することで、殺菌しつつもガス感を残した生酒のようなフレッシュな酒質に。参考価格720ml 1870円(税込) 発売元=外池酒造店

「日本酒の美味しさとは何か」を追求

 まるで、ぎゅっとしぼった完熟グレープフルーツのような。南国の濃密で甘いパイナップルのような。あっ、この爽やかな香りはりんご・・・!? ぴちぴちと細やかな泡が立ち上る雫を口に含めば、フレッシュな軽快さが心地よく、美しすぎる香味の旋律に心を奪われる。ああ、日本酒は、地球の至宝だ。もはやそれ以外の言葉はない。

「望 bo:純米吟醸 ひとごこち」は、2018~2022ワイングラスでおいしい日本酒アワードで、5年連続金賞受賞。

「望 bo:純米吟醸 ひとごこち」を醸すのは、栃木県益子町の外池酒造店。江戸時代、近江商人が現在の栃木県宇都宮市で始めた造り酒屋がルーツと伝わり、1937年、その分家としてこの地に創業した。代表銘柄は、「燦爛」。現在は3代目の外池茂樹さんが蔵を率いている。

3代目蔵元の外池茂樹さんと蔵の皆様

「望」シリーズのプロトタイプ(原型)がデビューしたのは、2012年。それまでほぼ県内で消費されていた「燦爛」に対し、首都圏など県外向けの新ブランドとして誕生した。それは、未知なる「明日の日本酒への挑戦」だった。

 杜氏の小野誠さんは、ちょうどそのころに入社。先代杜氏とともに伝統を重んじながらの新しい酒造りに挑み、新コンセプトを練り上げていった。「美味しさとは何か」——。若き蔵元の外池秀輔さんと小野さんは、ただその1点をひたすら追求したと振り返る。

左から、杜氏の小野誠さんと外池秀輔さん

「なんて美味しい酒なんだろう——。難しいことを考えず、ただただ直感的にそう感じられる日本酒を目指しました」

 2014醸造年、「望」シリーズのコンセプトが定まった。まずは、すべて無濾過であること。そしてアルコール16度の原酒であること。アルコール添加をしない純米酒規格であること。これらの条件が明確に掲げられた。

「望」シリーズは、アイテムごとに全国各地の米が使い分けられている。「とちぎの星」など栃木県産の米はもちろん、岡山県産の「雄町」、秋田県産の「秋田酒こまち」、北海道産の「彗星」など、各地の米の個性がはっきりと表現された酒質となっている。

「我々の強みは、米の旨み、酵母の個性をブレずに出せることだと考えています。日本各地の米を使い分け、ひとつひとつの商品の特徴を出し、ラベルの色でもわかりやすく酒質を表現しています」

「ひとごこち」は長野県生まれの酒米だが、望では栃木県産を使用。同じく長野県生まれの酒米である美山錦と比べると米の中心部の心白がやや大きく、穏やかな吟醸香と味わいのある吟醸造りに適した酒米とされる。

 

2種類の栃木県酵母をブレンド

 また、日本酒の香りを大きく左右するのが、酵母。「望 bo:  純米吟醸 ひとごこち」では、2種類の栃木県酵母をブレンドしている。ひとつは「T-ND(ニュー・デルタ)」。こちらは、柑橘系の香りと酸味が強めに出る酵母。もうひとつは栃木県酵母「T-F」といい、りんごのようないわゆるカプロン酸系の甘い香りが出やすい鑑評会向きの酵母、と小野さんは説明する。

「酵母を1種類ではなく、ブレンドすることで、香りと味わいに多面的なニュアンスをもたせたいと考えています。柑橘系の酸味と香りだけではなく、パイナップルに似た表情もある。りんごのような表情もある。柑橘系だけでもない。パイナップルだけでもない・・・。そんな一辺倒ではない、余韻の違いを出したいと考えています」

 精米歩合は53%。米を削って精米歩合を高めるほどクリアな酒質になるが、削りすぎるとせっかくの純米吟醸の味わい深さを損なうことになる。そこでたどり着いたのが、53%だという。

 

美味しさの秘密は「決めないこと」

外池酒造店では、日本酒以外にも米を原料とした焼酎、リキュール、どぶろく、日本酒コスメなどさまざまな商品を製造販売している。

「望」シリーズの洗練された酒質は、小野流の“フリースタイル”によって生まれる。

「たとえば蒸し米にふりかける種麹の種類やグラム数も、使う直前まで決まっていないことがよくあります。米の蒸し上がりや分析値を見て、ギリギリまで過去のデータを検証し、悩んで、悩んで決めています」

 麹菌は、酵母に比べて注目度が低いがじつは酒質を定める大きな要素。米の溶け具合や甘みを左右するので、その種類や配合の選定がひじょうに大事だという。外池酒造店では6種類ほどの麹菌を使い分け、ブレンドして使っている。

 カチッと決めると、逆に仕上がりが決まらない。最後を決めたいからこそ、途中の経路はフレキシブルに。田んぼの状態や気候によっても米の溶け具合はびっくりするほど変わる。だからこそ「決めないこと」が重要で、米に合わせて種麹や酵母を変えたり、洗米の方法や時間も変えるのだという。

 もろみをしぼって、酒粕と澄んだ酒に分ける“上槽”のタイミングも、その日の朝に判断。分析値に頼らず、小野さんが味わいを確認し、「ここぞ」という瞬間を見極める。しぼった酒は翌日までに瓶詰め、火入れまでを行い、“最高の状態”を瓶に閉じ込める。

「しぼった酒にストレスをかけないことも重視しています。酒をタンクの上からジャバジャバ注ぐと衝撃でストレスがかかるので、うちではホースをタンクの底面まで伸ばし、下からじわーっと静かに、波立たせないようにためていきます」

もろみを櫂棒(かいぼう)でまんべんなく混ぜ、発酵に最適な温度に保つ"櫂(かい)入れ"もフリースタイル。回数だけではなく、V字に混ぜる、X字に混ぜるなど、混ぜ方ももろみの状態に応じて変えている。

 望シリーズは無濾過原酒なので、瓶の底にうっすらと白い滓がたまって見えることがある。酒にストレスがかからないようゆっくりと混ぜて飲むのもよし。あえて最初に上澄みのクリアなところを味わい、ゆっくり最後に滓がらみを楽しむのもよし。ただただ、美味しい。その瞬間に向き合いたい。

「望 bo:純米吟醸 ひとごこち」の小野さんのおすすめ温度は8度。フレッシュな夏野菜のピクルスは最強のペアリング。暑い日の夕暮れにぴったり。