文=加藤恭子 撮影=加藤熊三、高橋庄作酒造店
爽快な透明感とナチュラルな香味
夏、青々とした田んぼの水面を、さーっと涼やかな風が吹く。山から川へ、川から山へ。四方八方から大きな渦を巻くように、風が吹く。
口に含んだ瞬間、そんな蔵の周囲の風景が一瞬にして蘇った。もぎたての青い果実から滴り落ちるような、爽快な透明感とナチュラルな香味。やわらかな酸味が凛とした表情で、すっと消えていく。“仙境のしずく”——。これは俗界を離れた、どこか清浄な土地で醸された酒なのではないか。人の道、自然の道から外れることなく、平和に、楽しく残りの人生をまっとうしたい。そんな思いに駆られるほど、この酒の印象は清々しく、凛々しい。
この「会津娘 千苅」を醸すのは、“土産土法の酒造り”を信条とし、米づくりから醸造までを一貫しておこなう福島県会津若松市門田町の高橋庄作酒造店。2018年より、1枚の田んぼからひとつの酒を醸す「穣シリーズ」の酒造りを開始し、主軸商品としている。「会津娘 千苅」も、そのラインナップのうちのひとつだ。
蔵元・製造責任者である髙橋 亘さんは話す。
「田んぼは、1枚、1枚すべて違います。土壌や日当たり、水の条件、風の吹き方などひとつとして同じ田んぼはなく、すんなりと稲が育つ田んぼがあれば、手間のかかる農家泣かせの田んぼもあります。そこで育つ稲の個性も本来さまざま。そうした僕らが日々、田んぼと向き合う中で感じていることを酒に表現したいという思いで、穣シリーズの酒造りに取り組んでいます」
自然栽培の五百万石から旨味を引き出す
蔵の半径3キロメートル以内に広がる自社田のうち、2割が農薬や化学肥料を使わず、酒粕の堆肥などで土づくりをしている有機栽培。残りの8割が農薬や化学肥料を削減して生産する特別栽培の田んぼだ。自社栽培米は全体の3割弱で、そのほかは地域の契約農家が育てた酒米を使って酒造りを行っている。
酒名の “千苅”とは、会津若松市の北会津町にある田んぼの所在地。会津地方の伝統野菜なども育てるベテラン契約農家の長谷川純一さんが、農薬はもちろん肥料も使わずに育てた自然栽培の五百万石を100%原料米として使っている。
「無肥料で育てられた千苅の五百万石は、粒が小さくて細いのですが、緻密な実質で命がつまっている印象です。繊細なので砕けさせないよう細心の注意をもって扱っています」
髙橋さんは、小さな粒に含まれた旨みをぎりぎりまで最大限に引き出すことを追求し、千苅ならではの爽やかで豊かな味わいを表現した。
会津娘の穣シリーズとぜひ一緒に味わいたいのが、会津産の大粒の塩ゆで落花生。まるで栗にも似た、ほくほくとした豆の食感と旨み、ちょうどよい塩加減が凛とした酒質の純米吟醸酒によく合う。一面の田んぼと畑が広がる会津の穀倉地帯に思いを馳せ、ゆっくりと味わえば、その穏やかなペアリングが心の奥深くにグッと染み入る。