シリコンバレーのトップファンド「Sozo Ventures」のフィル・ウィックハム氏が「日本のベンチャービジネスの海外展開に向けて」と題して講演を行った。慶應義塾大学の卒業生が中心となって活動する「メンター三田会」のネットワーキングとして行われたものだ。この講演から、フィル・ウィックハム氏が考えるよいベンチャーキャピタルの条件やベンチャーキャピタルとの付き合い方、グローバルマーケットを目指す日本のベンチャー企業へのアドバイス、成功するスタートアップに必要なことなどを紹介する。
よいベンチャーキャピタルとは?
フィル氏が最初に取り上げたのは「失敗」についての話だ。日本のベンチャー企業/スタートアップは、例えば、アメリカなど海外展開がうまくいかないと言われる。海外で成功するベンチャーと失敗するベンチャーは何が違うのか。フィル氏もよくそうした質問をされるという。この日の講演でも、参加者からそれに類した質問が上がった。
ただ、その問いに対し、話はまず何をもって失敗とするのか、から始まった。フィル氏は、成功と失敗の2つに分かれるのは既にやり方が決まっているビジネスの場合であって、何か新しいことをやる場合には適していない考え方だとする。
ベンチャーは自分が正しいと思う判断、チームの中で正しいと思う判断を日々、繰り返していくわけだが、その際に重要なのは二元論の成長/失敗という形で短期的な判断をしないこと。それは、既存のビジネスでならどれが失敗か分かるが、新しいことをやる場合には、何をもって成功、失敗なのかはまだ誰にも分からないからだ。
実際、失敗と成功の明確な定義は非常に難しい。ほとんどの場合、こうやったらうまくいくだろうという想定と違う結果になったとき、それは失敗だったと考える。しかし、ベンチャーの場合、想定通りにいっていないから失敗と判断してしまうと精神的に持たない。例えば、アメリカでの展開で、日本で想定していたやり方でうまくいかないなら成功でないとなると、非常に厳しい精神状態で戦うことになる。端的に言って、これは非常によくないとフィル氏は指摘する。
こうしたベンチャー企業にとって"よいベンチャーキャピタル"とはどのようなものなのだろうか。
フィル氏はベンチャーキャピタリストの仕事を映画『オデッセイ』の主人公のサバイブに例える。火星に取り残された宇宙飛行士が地球への生還を目指し、ジャガイモを栽培して生き延びようとする(栽培がうまくいったと思うと爆発事故でジャガイモ畑が吹っ飛んでしまうのだが)。この『オデッセイ』の主人公のように、うまくいっているのか、本当にこれでいいのか分からない状態でも、方向修正をしながらうまくやっていかなければならないのがベンチャーキャピタリストの役割なのだ。
フィル氏はベンチャーキャピタルにとって大事なこととして「他と差別化できること」、そして「サステイナブルなバリューがあること」を挙げる。ともすると私たちは「成功するベンチャーキャピタルはどうやって良い会社を選ぶのだろうか」と考える。しかし、彼らがやっていることは逆で、「トップ1%あるいは2%の優れた起業家に選んでもらうための付加価値や差別化要因を作ること」が自分たちの仕事だと言う。もちろん、そのプロセスには時間がかかるが、チームとして絶対に他にまねできないものを作っていくシステムがあるかどうかが重要になってくるのだ、と。
そして、2番目に大事な点として、フィル氏は「チームとしてやっていける人がそのベンチャーキャピタルにいるかどうか」を挙げる。ベンチャーキャピタル界隈でジョークとしてよく言われるのが、ベンチャーとベンチャーキャピタルの付き合いは平均的な結婚生活よりも長いというもの。一緒に10年のファンドサイクルを3回やっていこうとすると、単純計算でも30年付き合うことになる。その中で協業して1つのチームとしてやっていけるかどうかというところが非常に大事になってくるわけだ。
また、ベンチャーの世界の話としてよく聞くのが、スタートアップ企業が投資を受けるためにベンチャーキャピタルにプレゼンテーションをし、それを受けてベンチャーキャピタルが即決するという物語だ。しかし、実際はそんなスピードでジャッジはできないとフィル氏は言う。
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フィル 私たちはかなり時間をかけて調べます。できるだけのことを調べて、仮説を立てながら調べるべきところをつぶしていきます。その原点にあるのは、イノベーションはこの方法で行うのが正しいと分かるものではないということです。その点に関しては非常に謙虚に考えていかないといけない。そうでないと、本当に成功するもの、これから作っていく新しいモデルを見逃してしまう。それがベンチャーキャピタルにとって一番恐ろしいことなのです。
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