カンボジア中央銀行は、これまでカンボジアでは個々の銀行や企業がバラバラにインフラを構築しており、インフラ間の相互運用性が乏しく不便であったため、中央銀行がインフラの共通化を主導する必要があったとも述べています。そのうえで、バコンという共通インフラの上で、銀行や民間企業が創意工夫を活かして決済サービスを向上させていくことを期待しており、中央銀行自身がバコン構築により民業を圧迫する意図はないのだと、繰り返し表明しています。

デジタル技術と新興国のキャッチアップ

 以前お伝えしたバハマの「サンドダラー」(第21回参照)にしてもカンボジアのバコンにしても、当局がブロックチェーン・分散型台帳技術といった新技術の応用に正式に踏み切ったのが、いずれも新興国であったのは興味深い点といえます。

 先進国では、往々にして既に確立されたインフラがあり、新しいインフラを構築する場合、これとの競合や利害関係の調整が課題となります。さらに、「既存の中央集権型のインフラが安定的に機能している中で、なぜ敢えて分散型の技術を使わなければならないのか」という議論にもなりやすいのです。加えて、自国の金融政策などマクロ政策や金融システムへの影響も問われることになります。

 この点、カンボジアでは、そもそも自国通貨リエルの代わりに米ドルが広く流通している状況であり、もともと独自の金融政策の余地は殆どありませんでした。したがって、バコンを通じてリエルの利用が高まれば、自国の金融政策の有効性は高まりこそすれ、これ以上低下することは考えにくいわけです。

 デジタル技術はその性質上、容易に国境を超えます。さらに、「オープンソース化」などの流れも反映し、新興国や途上国も含めた幅広い国々が、先進国とあまり変わらない条件で、新しい技術にアクセスできるようになっています。加えて、新興国や途上国の方が、既存のレガシーの軽さゆえに、新技術にトライしやすい面もあるわけです。このような事例は、ブロックチェーンや分散型台帳技術に限らず、近年、ケニアのデジタル決済“M-Pesa”やルワンダのドローン活用など、さまざまな分野でみられるようになっています。

 このデジタル化の時代、新たな技術の応用が、これまであまり注目されてこなかった地域で急速に進む可能性には、日本としても注目していく必要があると感じています。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。