誤認率を「1兆分の1以下」にまで極小化するマルチ生体認証

「現状、富士通の手のひら静脈認証を用いた場合に、誤って他人を認証してしまう確率は1千万分の1以下というレベルにまで達しています。『それだけの精度があれば十分』という評価をいただいているからこそ、世界的に普及しているのだと自負してはいるのですが、今後さらに生体認証の導入場面が社会のあちこちで広がっていけば、より高水準な精度を求める声も出てくるはずです。それに、先の生体データ漏洩に対するリスクマネジメントとしても、複数のモダリティを用いていくことには大きなメリットがあるんです」(山田氏)

「例えば手のひら静脈と顔の2つを用いて認証を実行した場合、他人受入率は計算上1兆分の1以下にまでなります。ここまでの精度を確保できれば、まず安心ですよね。ただしマルチ生体認証を採用すれば、今度は利便性、ユーザビリティの面で課題が出てきます」(安部氏)

 単純に考えれば、手のひらをセンサーにかざし、顔認証用のカメラにも顔を向けることになるのだから、モダリティが2つに増えれば利用者のアクションも2倍になるわけだ。これまで生体認証の活用を拡げていくために、例えば「短時間で生体データの読み取りと照合を完了させる」ことで利便性を磨いてきた開発者にしてみれば、新たな課題の登場である。ただし、「手のひら静脈」×「顔」認証であれば、必ずしもユーザーに過度な負担をかけずに済む、と山田氏。

「認証を行う場面次第で組み合わせの選択肢は多様だと思うのですが、指紋×顔、虹彩×手のひら、というように何と何を掛け合わせたら、精度の向上と利便性圧迫の軽減の両方を可能にするのか考えた結果、手のひら静脈と顔の組み合わせが最適なマッチングだと判断。双方の精度をさらに上げていくトライを重ねているんです」(山田氏)

 手のひら用のセンサーを設置した場所に利用者が立つことを想定して顔の読み取りを行うカメラを設置すれば、利用者側が行うアクションは手のひら静脈だけで認証を行うケースと変わらない。シングルアクションでマルチ生体認証が実施できるというわけだ。

2大課題をともに達成することでやって来る「つながる世界」

 以上のように、富士通研究所では生体データの保護と、マルチ生体認証のさらなる進化に取り組んでいる。現状でも、多様な場面で生体認証が導入されていくことは確実だが、利用者側とサービス提供者側の双方が懸念として抱く「生体データ流出に対する不安」や「他人を誤認してしまうことへの心配」さらには「認証作業のわずらわしさ」を払拭することができれば、生体認証技術を導入するフィールドの拡大や普及スピードはさらに加速していくはずだ。

「セキュリティに対して高いハードルを設定せざるを得ないような事業やサービス、例えば金融や医療などのフィールドでも、暗号化技術とマルチ生体認証の掛け合わせなどによって、これまで以上に安心して生体認証を導入できる可能性が高まっていくはずです」(藤井氏)

「例えば複数のモダリティを用いるマルチ生体認証であっても、わずらわしくない作業でなおかつ瞬時に照合ができてしまえば、生活上のあらゆるサービスを手ぶらで利用し、あらゆる決済も、スマホさえ使わずに手ぶらで完了できるようになります」(安部氏)

「手ぶらでも本人であることを証明できる社会というのが本格的に到来すれば、例えば災害発生などの緊急時にも、確実かつスムーズに身元確認を実行できますし、セキュリティへの信頼を確立できた時には、生活者の生体データを複数の機関や企業が共有して、より利便性の高い社会にしていくことも可能です」(山田氏)

 一部の先進的な施設では限定的に始まっているというが、例えば大規模なショッピングモールや商店街に並ぶ複数のショップ、あるいは空港や都市部の主要駅に集まる各種サービス施設がユーザーの生体データを共有するような取り組み事例も今後は増えていくはずだと山田氏は言う。

「もちろん生活者サイドの許可を得ることを前提にしてはいますが、1度の認証作業を行うだけで、その場所にあるすべてのサービスを手ぶらで実行できるような社会がやってくる可能性は大いにあります。つまり、生体データをもとにして『つながる世界』を拡大していくことも夢ではないんです。その実現のためにも、我々としてはさらに努力を重ね、社会変革への貢献につなげていきたいと思っています」(山田氏)

 何も持たずに、身一つで世界中のサービスをボーダレスに活用できる……そんな「1つ先の未来」が、実はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。

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