生体認証の技術が「面白さ」を生み出す可能性も

「より高水準のセキュリティを追求する」という視点で生活シーンにおける認証技術の未来を展望した場合、「何か1つのモーダルが万能となる」可能性は高くない。利便性との共存を考えれば、100%完璧な本人認証を1つのモーダルで達成するのは難しく、今後、金融機関や医療機関など個人情報保護=セキュリティ重視の局面などには、複数のモーダルを組み合わせたマルチモーダルが増えていくだろう、と佐藤氏は言う。この点は前回取材した静岡大学・西垣教授と共通した見解だ。

 一方、「そこまで厳重な本人認証は求めておらず、利便性を上げていくことでユーザーのストレスを軽減していきたい」という局面であれば、先のドアノブセンサーのように、その場に当たり前にある道具や空間を使った生体認証のアプローチが多様に発展していく可能性が高そうだ。

 加えて生体認証によるセキュリティには別の重要課題がある。すなわち、パスワードのように可変性のあるものを用いるのと異なり、本人の生体情報というデータは、いったん読み取られて認証に使われるようになった後に流出すれば、半永久的に使われ続けてしまうリスクがある。当然のことながらデータを預かる側も、より堅牢なデータ保護を実現するセキュリティシステムを構築していくことになるが、実は生体認証の中にも可変性のあるモーダルが存在する。静岡大学・西垣教授が研究中の爪などもその一例。さらに今回、佐藤教授が示してくれた動的な生体認証の中には、データ漏洩があったとしても変更可能なものがいくつも存在する。

 以上のように、生体認証が普及していく未来は、さまざまな必要性も伴いながら多様な広がりを見せて浸透していくことになりそうだ。

「地域や国による違いも影響を与えていくと思います。プライバシーの保護を重視するヨーロッパや日本のような地域もあれば、中国のように顔認証によるキャッシュレス決済が生活者の反発をあまり受けない中で普及するところもあります。国民性、カルチャーや価値観、法制度の違いなどなどによっても認証手法に違いは表れていくでしょうね」(同)

 企業や行政機関など、サービスを提供する側は、こうしたさまざまな面をバランス良く考慮しながら、最適な認証技術を採用していく必要がある。見方を変えれば、その判断1つで提供するサービスの価値やユーザーからの評価が大きく変わるということ。グローバル展開を目指す場合には、各地の地域性をも考慮する必要がある。

 つまり生体認証は単なるセキュリティ対策だけではなく、サービス普及上の差別化要因として今後さらに注目すべきポイントとなっていきそうだということ。こうした点も踏まえ、佐藤氏は最後に独自のユニークな視点も披露する。

「冒頭でお話したように、私は今、行動的な違いに基づく生体認証の研究に力を入れています。どれだけ認証手続きの手間を軽減するかが大事なテーマだという話もしましたが、見方を変えると逆に認証作業自体をゲーム感覚で楽しむような場が登場してきても不思議はないと思ってもいるんです。実際、私のバイオメトリクス研究室の学生たちは、動的な生体認証の実験をある種ゲーム感覚で楽しみながらしていたりもします。空中動作を読み込むセンサー技術が今後さらに進化し、例えばそれがスマートフォンなど身近なツールに組み込まれていったとしたら、認証のための行動自体を楽しむムーブメントが生まれるかも知れません」(同)

 そう笑いながら語った佐藤氏。今注目しているのはアニメなどに登場するキャラクターが見せるユニークで複雑なアクションとのこと。そんな意外な場面が、意外なビジネスチャンスを生み出す未来もまた待ち受けているのかもしれない。

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