人にとって最も身近な先端技術だからこそ、手順はゼロに近づくべき

 佐藤氏が着目するのは動的生体認証ばかりではない。認証のためにユーザーが強いられる手順をいかに減らすのか、という点も重要な研究課題とのこと。

「例えば今、多くのビジネスパーソンがオフィスの入退室にIDカードを用いていますよね? いち早く生体認証を導入しているところならば、手のひらを壁のセンサーにかざしたり、目を当てたり、指紋を読み込ませたりしているかもしれません。どれも慣れてしまえば特に面倒だと思わないかもしれませんが、『認証のために一手間かけている』ことには違いありません。だったら、部屋に入る時に必ず起こす行動、つまりドアノブを握った瞬間に入室権限のある人かどうかを識別してくれたらどうです? 便利ですよね?」(同)

 この発想を起点に実現したのが、「ドアノブを握る際に生じる手のシワ」による生体認証だ。ドアノブに全方位カメラを実装することで、このシワを読み取って「それが誰なのか」を識別する認証システムがすでに存在しているというのである。

「つまり今ある利便性をさらに限界まで追求して、『認証手続きのアクション』というものをユーザーにまったく感じさせない工夫をしていく研究も進んでいるんです」(同)

 認証手続きの手間をゼロにする、あるいは当人に意識させることなく認証のための判別手順を踏んでいくアプローチとしては、例えば防犯システムとしてのカメラが顔認証を実行している例などすでにあるが、そこには精度上の課題や、プライバシー保護といった別次元の問題もある。佐藤氏が示した視点は別のもの。人々の日々の生活行動を「認証手続き」という手間でストップすることなく、ノーストレスで実行できれば、未来の姿は大きく変わるだろうという発想だ。局面に応じた生体認証システムが、ドアノブのようなごく当たり前のモノに実装されていく社会も見えてきているというわけである。

「私の目標である『IDカードがなくなった未来』は、言ってみれば『カラダ1つで生きていける、自由で開放的な社会』ということ。そのためにも、何か1つのモーダルですべての認証作業を実現させるには無理があります。セキュリティ確保のために精度を上げ、悪用されない手法を追求し、同時に利便性を極限まで追求していこうというのであれば、時と場面に応じて生体認証のあり方も使い分けていくべきですし、おそらくそういう未来がやって来ると私は信じています」(同)