
スイスの伝統的な手法を受け継ぎながら、ユニークで新しい発想の時計を発表している新進の時計ブランド「ノルケイン」。カラフルでポップなモデルからは伝統やクラフツマンシップといった言葉は結びつけ難いが、そこにはしっかりとしたコンセプト、製作技術が盛り込まれており、時計通をも唸らせる。来日した副社長のトビアス・カッファー氏に話をきいた。
ジャン=クロード・ビバーからのメール
この日、トビアス・カッファー副社長は、フラッグシップでもある『ワイルドワン スケルトン 42mm』を腕に登場した。
「世界でも、日本でも、一番売れているのがこのモデル。色もこのターコイズなんです」
2022年に発表された『ワイルドワン』は、経営顧問に就任したジャン=クロード・ビバーとパートナーファクトリーであるBIWI(ビィウィ)との共同開発でもある。
『ワイルドワン スケルトン 42mm』。自動巻き(Cal.N08S)、ノルテックケージケース、42mm径、200m防水 93万5000円
あのジャン=クロード・ビバーが絡んでいるのである。彼は、時計界で「マーケティングの天才」と称される、知らぬものがいないほどのカリスマだ。近いところでは2005年にウブロで“フュージョン”というコンセプトを打ち出し、一躍トップブランドへと導いた立役者でもある。そんなジャン=クロード・ビバーも2018年にLVMHグループ時計部門の代表を退任後はなりを潜めていた。それがどういった経緯でノルケインに参画することになったのだろうか。
「“ノルケインのことは噂で聞いている”と、2020年の2月頃にジャン=クロード・ビバーからメールがあったんです。そして、その3日後にはノルケインのヘッドクォーターにやってきてミーティングがスタートしていました。早いですよね(笑)彼とは面識があったわけではないのですが、その頃、45年以上お世話になった時計業界に恩返しをしたいと、新しいブランドを探している中で連絡してきたようです」
そんなレジェンドが魅力を感じて連絡までしてきたというノルケインは、2018年にスイス・ニドーで創業した新進の時計ブランド。コングロマリットに属さない、家族経営による独立した会社で、ここで話をうかがっているトビアス・カッファー副社長の兄であるベン・カッファー氏がCEOの任に就いている。
「兄のベン・カッファーがファウンダーで、ノルケインを立ち上げました。きっかけは彼が勤務していたブライトリングが、2017年にファンドに買収されてインディペンデントではなくなったことにあるんです。プロダクションサイドにいたベン・カッファーたちは大きな衝撃を受け、であれば、と独立して新しいブランドを立ち上げたのがノルケインなんです」
とはいえ、そう簡単に時計会社などつくれるわけはないのだが、カッファー家は、祖父の代から時計業界に関わっているので、大きな人脈があったというのだ。
トビアス・カッファー(ノルケイン副社長) 1990年スイス生まれ。2013年ルイエラール入社。その後、ジュエリメーカー、キベルグでインターナショナルセールスディレクターに就任する。21年より現職。CEOベンの右腕としてセールス部門を支えている
時計界と強い絆で結ばれているカッファー家
「祖父は時計技術者で、父は現在のノルケインの取締役会議長なんですが、以前は時計を組み立てるファクトリーのマネジメントをやっていて、そこの大株主でもあるんです。また、スイス時計協会取締役会のメンバーでもありました。時計製造の経験、ノウハウがファミリーの中にあるので、それを活かしたという感じですね」
時計界と強い絆で結ばれているベン・カッファーCEOは、ブライトリング前オーナーの一族などの助力もあり、ブライトリングを退社した翌年にはノルケインを立ち上げている。「スイス機械式時計文化の継承」というミッションを持ったノルケインの時計づくりは、やはりスイスの伝統に則したものだ。
「ノルケインがすべてのコンポーネンツを自社で製作するという選択肢もなくはないんですが、現在はスイス国内のファクトリーと共に製作しています。たとえば、ムーブメントはチューダーが設立したケニッシ社と長期パートナーシップを締結して供給を受けています。また、2024年からはAMTというファクトリーとノルケインで共同開発したムーブメントも発表しています。ゼロベースから開発するよりも、パートナーシップを組むことでそれぞれのファクトリーが持っている100年以上の経験を活かせる。それによって信頼性を上げていこうということです」
これらのパートナーは、ノルケインのヘッドクォーターから50キロ圏内にあり、協力を得ることで100%スイスメイドの時計が完成するのだ。そんなノルケインの時計の特徴とはどういったものなのだろうか。
品質価格比が高い時計をつくり続けたい
「製品戦略的には、最高の品質価格比の時計をつくることを第一義的に掲げています。機械式時計はいろんな職人の手が掛かっているクラフツマンシップの塊でもあるんですが、そんななかで品質価格比が高い時計をつくり続けたいと考えています。そして、トラディショナルな時計が多いなかにあって、ディファレントでありたいんです。時計を見ていただくとおわかりだと思いますが、ノルケインは多くのカラーを取り入れていて、時計自体が華やかなんです。いろんなブランドを扱っている時計店の中にあってもノルケインのスペースはひと際華やかで、ポジティブな表現ができていると思っています」
ずらっと並んだノルケインのモデル。どの時計も色彩豊かである
なかでも『ワイルドワン スケルトン 39mm』は非常に目立つ存在だ。ケース、ベゼル、インデックス、針、そしてストラップにカラフルなカラーを効果的に使用することで、華やかさとスマートさを演出。トビアス副社長のようなジャケットスタイルでも違和感がなく、しっかりと馴染んでいる。
大きな特徴は、新しく開発されたノルテックという新素材。カーボンファイバーにバイオ由来原料を60%も含んだ高性能ポリマーマトリックスを融合させたもので、圧倒的な軽さと強靭さを実現している。
「とにかく究極のスポーツメカニカルウオッチをつくるということでした。耐衝撃性は5000G ですし、重量もノルテックを使用することでわずか64gしかありません。装着感も良く、傷もつかないので、ゴルフもテニス、野球も装着したままでプレーできます。水にも強く、防水性も200mです」
ムーブメントもCOSCクロノメーター認定を受けており、パワーリザーブは41時間である。デザイン性だけでなく、過酷な環境にも耐えうる実用性も兼ね備えている。見ていても楽しい時計でもある。
アイスクリームを表現したユニークなモデル
カラフルなモデルが多いノルケインだが「スイス機械式時計文化の継承」というミッションを掲げているだけに、伝統的なスイス時計の要素がベースになっているのは言うまでもない。その象徴的なモデルが『フリーダム』。シンプルでオーセンティックなクロノグラフモデルに、インダイヤルにポップなカラーが施すという遊びを入れている。
「このフリーダムは今年発表した新作なんです。デザイン自体はすごくクラシックなんですが、裏蓋にはアイスクリームがプリントされていて、ダイヤルではストロベリー、ピスタチオ、ブルーベリーの色が使われています。つまりアイスクリームを表現しているんです。さらにはカレンダーディスクにも1週間に1回、1、8、15、22、29日にアイスクリームが描かれているんですよ。とにかくエンジョイライフっていうのがテーマなんです」
『フリーダム 60 クロノ 40mm エンジョイライフ スペシャルエディション』 自動巻き(Cal.N19)、ステンレススティールケース、40mm径、100m防水 79万7500円
遊び心をふんだんに入れたので、ベースのデザインはオーセンティックに。そうしたのは、その方がユニークだからなのだとか。
「これは、みんなでディスカッションしていて、とにかく楽しい時計を、世の中がパッと明るくなる時計をつくろう、と。そういうコンセプトができると、アイデアがどんどん出てきて。それでこのような形で時計に反映されたということです」
そこには世の中が不安定でネガティブなニュースも多い中で「時計を着けるのは楽しい、人生を楽しんでもらいたい」というポジティブなコンセプトが根底にあるからである。
価格帯は、日本では平均75万円。ミドルレンジの腕時計といったところだ。
「ただ、原材料が上がっていること、それからトランプ関税があります。トランプ関税によってスイスの製品には39%の関税が掛かることになっています。ノルケインは比較的値上げ率も抑え続けていますが、値上げをせざるを得ない状況になるかもしれません」
ポジティブなトビアス副社長もこの話をする時だけは困った表情になったが、前向きな話をすると、もうひとつノルケインには特徴があって、ほぼ毎月新しいモデルをローンチしているのだという。
「パートナーファクトリーとの絆が強いからこそ可能なことなんです。なので私も毎月どこかの国の店頭に立っています。日本も今年3回目です」
時計同様、トビアス副社長はどこまでもポジティブだ。
話をうかがっていると、こちらも前向きになる。時計も楽しまないと、と思ったら1本欲しくなった。カリスマが惚れ込むのも無理はない、のである。
