フェラーリはEVにどうアプローチするのか?

 かねてより開発中であることが公式に認められてきたフェラーリ史上初のフルEV。その主要技術を紹介するイベントが、フェラーリのマラネロ本社に建つe-ビルディングで開催された。

Photo: Duccio Malagamba
フェラーリのe-ビルディング

 進化(Evolution)、環境(Environment)、エネルギー(Energy)などに由来するe-ビルディングが、その名称からイメージされるEVやハイブリッド・モデルだけでなく、純粋なエンジン車も生産可能なようにデザインされていることは既報のとおり。いっぽうで、電動車に欠かせないモーターやバッテリーパックを生産するためにe-ビルディングが建設されたというのも紛れもない事実である。「テクノロジー&イノベーション・ワークショップ」と名付けられた今回のイベントがe-ビルディングで開催されたのは、したがって必然的なことだったといえる。

e-ビルディングのラインを流れるバッテリーパック

 フェラーリがEVを世に送り出すことについて、様々な意見が存在するのも事実である。しかし、たとえフェラーリといえどもCO2削減という社会的責任を果たさなければならないことは、他の自動車メーカーとまったく同じ。すでに彼らは2023年に実施したキャピタル・マーケットデイ(年次総会に相当)において同社の製品が発生するCO2を2030年までに50%削減することを宣言している。その意味でいえば、EVの製品化はフェラーリにとっても「避けて通れなかった道筋」だったことになる。

 ただし、重く大きくなりがちなEVをリリースすることが、フェラーリのブランドイメージを損なう危険性を含んでいたこともまた事実。そこで、こうした課題をフェラーリがどのようにクリアするかについて、世界中のクルマ好きが注目する事態となっていたのである。

4モーター4WD

 今回のワークショップを通じて、こうした疑問の多くが解消されたといっていいだろう。

 「EVは重くて大きい」という既成概念を打ち崩すために、フェラーリはパワー・ウェイト・レシオの改善に取り組むと同時に、様々な電子制御を取り入れることで「重さを感じさせない」軽快な操縦性を実現しようとした。

 まず注目すべきは、エレットリカ(Elettrica)と名付けられたフェラーリ初のEVが4モーター方式を採用したことだろう。4WD方式を採用する高性能EVは決して少なくないが、その多くは、前車軸と後車軸を各1基のモーターで駆動する2モーター方式を採用している。これに対して、4輪を4つの独立したモーターで駆動する4モーター方式は、高出力化が比較的容易なことにくわえ、4輪の駆動力を個別に制御することで、より緻密なトルクベクタリングが可能になることで知られている。

フロントのeアクスル。同じものが左右に背中合わせに配置されている。後車軸についても発想は同じ

 トルクベクタリングとは、4輪の駆動力もしくは制動力を個別に調整することで操縦性を制御する技術のこと。たとえば右コーナーを走行中に、右後輪に弱いブレーキをかけると車体全体に右向きに曲がろうとする力が発生することは直観的にご理解いただけるだろう。同じ効果は、ブレーキング(制動力)ではなく、パワートレイン(駆動力)によっても実現できる。つまり、同じく右コーナーであれば、左後輪の駆動力を他の3輪よりも強くすることで、やはり車体に右向きに曲がろうとする力を発生できるのだ。

リアのeアクスル

 ところで、多くの乗用車ではコストなどの都合から制動力で操縦性を制御するブレーキ・トルクベクタリングが採用されているが、制動力を用いれば車速が低下する方向に作用するのは自明のこと。いっぽうで、駆動力で操縦性を制御するトルクベクタリングであれば、車速が低下するどころか理論的には高めることも可能で、このためスポーツモデルでは駆動力制御のトルクベクタリングが好ましいとされてきた。ただし、エンジン車の駆動力を1輪ごとに制御するには複雑な機構が必要となる。4モーター式のEVであれば比較的シンプルなメカニズムで高度な制御が可能となる。いっぽうで4モーター方式はコスト的に不利なこともあって、フェラーリのような大メーカーが量産モデルで用いたことは、これまでなかった。言い換えれば、エレットリカは主要自動車メーカーが作る量産モデルとして初めて4モーター方式を採用したEVといえるだろう。

重量へのアプローチ

 いっぽうで、モーターを4基も搭載する4モーター方式が車重面で不利に作用しかねないこともまた否定できない。それでもフェラーリが4モーター方式を採用したのは、トルクベクタリングによって軽快なハンドリングを実現できる可能性に賭けたからと説明できる。

 トルクベクタリングのメリットを最大化するために採用されたのが4輪操舵技術であり、最新世代のアクティブサスペンションだった。

 どちらも既存のフェラーリ・モデルに搭載されている技術だが、エレットリカでは4モーター方式とそれらを組み合わせることにより、一般的なEVとは異次元の軽快なハンドリングを実現したと考えられる。

 いっぽうで、フェラーリは電子制御という「小手先の技術」に頼るだけでなく、パワー・ウェイト・レシオや重量配分の適正化などといった、クルマにとってより本質的な領域の改善にも取り組んでいる。

 ちなみにエレットリカの車重はおよそ2300kgと発表されているが、これは最高出力が1000ps以上で航続距離が530kmを越す高性能EVとして極めて優れた数値といえる。

 そうした優れたパワー・ウェイト・レシオの実現にひと役買っているのが、軽量かつ高出力なパワートレインやバッテリーだ。エレットリカの前車軸を駆動するフロントEアクスルの最高出力は210kW(約286ps)だが、その重量は65kgに過ぎず、出力密度は3.23kW/kgとなる。同様にしてリアEアクスルの最高出力は620kW(約843ps)で、出力密度は4.80kW/kg。さらに122kWhの大容量を誇る高電圧バッテリーの出力密度は195Wh/kgを実現したという。

 こうした高出力密度の実現に大きく貢献しているのが、F1や世界耐久選手権(WEC)などのモータースポーツ活動である。現在のF1やWECでハイブリッドパワートレインが採用されていることは周知のとおり。そこで培ったモーターやバッテリーの高度な技術が、エレットリカにも活用されているようだ。

EVらしくフロアに敷き詰められているバッテリーはシャシーと統合されている

 また、重いバッテリーをフロア下に搭載するEVは重心高が低いことでも知られる。エレットリカの場合も、同クラスのエンジン車に比べて重心高は80mmも低いほか、シャープなステアリングレスポンスに役立つヨーモーメント(車体の中心付近を天地に貫く回転軸周りのモーメント)も小さく設定されている模様。ちなみに前後重量配分は47:53に設定されている。

音へのアプローチ

 フェラーリ・エレットリカでもうひとつ注目されるのが、そのサウンドである。

 済んだ美しい音色を奏でることからフェラーリ・ミュージックと称されたエンジン音を、EVのエレットリカが生み出せないことはいうまでもない。だからといって、合成した人工音でそれを補うことは、“本物主義”のフェラーリとして受け入れることができない。そこで考え出されたのが、駆動用モーターが発する微細なサウンドをセンサーで拾い出し、それを増幅してキャビンで再生するというもの。これであればフェラーリの本物主義には反しないし、車速や加減速の目安をつけるのにも役立つ模様。このサウンド・ジェネレーターと呼ばれるシステムは、ドライバーの好みに応じてオンにもオフにもできるそうだ。

 今回のプレゼンテーションでエレットリカの全貌が明らかになったわけではない。たとえばエレットリカは4名が乗車可能な4シーターの4ドア・モデルとされるが、ボディの車型は現時点で未公開。もちろん、内外装のデザインもまだ明らかにされていない。そうした詳細は来年以降、順次発表されていき、2026年の第2四半期にはその全貌が明らかにされるというから楽しみだ。