ミドルサイズSUVは、プレミアムブランドの商品ラインナップのなかでも、もっとも売れ筋の中核商品。今年は、BMW iX3とメルセデス・ベンツGCLのBEVモデルが同時に登場し、先だってのIAA(ドイツ国際モーターショー)でも大きな注目を集めました。その少し前、ここ日本ではメルセデス・ベンツから「GLC 220d 4MATIC Core」というモデルが登場しています。価格は819万円。このモデルから見えてくる現在の自動車メーカーの事情とは?
Mercedes-Benz GLC 220d 4MATIC Core
率直にいって、とてもいいクルマ
鈴木:今回はまた大谷さんとの対談企画です。メルセデス・ベンツの試乗会に参加してきた際にお話いただいたことが気になってお時間いただきました。
大谷:ええ、ちょっと時間が経ってしまいましたが、国内で行われた新型モデル試乗会に参加して、GLCというSUVモデルに追加されたGLC 220d 4MATIC Coreに乗ってきました。

鈴木:GLCはメルセデス・ベンツのラインナップのなかでも日本でもっとも売れているモデルですよね。モデル名にコアとつきましたが、これはどんな位置づけなのでしょうか?
大谷:基本的にはGLCのエントリーモデルなんですが、装備を必要にして十分な内容に整理してコストパフォーマンスを高めたモデルとなります。ちなみに、GLC 220d 4MATICは876万円ですが、GLC 220d 4MATIC Coreは819万円と、60万円近くもお買い得になっています。
コアの場合、インテリアがブラック限定、トリムがウッドからシルバーグレーダイヤモンドに、オーディオが9スピーカーから5スピーカーにといった変化があり、本体色は3色。「AMGラインパッケージ」と「パノラミックスライディングルーフ」のオプションは別途、選択可能
鈴木:どんな印象でしたか?
大谷:率直にいって、とってもよかったですよ。GLCって、Cクラスなどと同じセダン系のプラットフォームを使っているんです。それだけに、もともと足回りの動き方にあいまいなところが少なかったんですが、それがさらに熟成された印象で、サスペンションがストロークし始める最初のところからしっかりダンピングが効いてしっとりとした乗り心地に仕上がっているうえに、ゴツゴツした印象が薄く、しかも路面のうねりでボディが煽られることもなく、とても安定しています。このクラスのSUVとしては最上の部類ですね。
鈴木:エンジンは220dというモデル名からも明らかなように、2リッターのディーゼルですよね。20部分がハイブリッド?
大谷:排気量2.0リッターの4気筒ディーゼルエンジンにメルセデス・ベンツがISGと呼ぶマイルドハイブリッドが組み合わされています。マイルドハイブリッドの効果でエンジンの始動もスムーズですし、低回転域からのレスポンスも良好。普通に乗っていたらディーゼルと気づかない人も多いのではないでしょうか。それくらい洗練されています。
サイズは全長4,725×全幅1,890×全高1,640mm。ホイールベース2,890mm。最高出力197PS(145kW)/3,600rpm、最大トルク440Nm/1,800-2,800rpmのディーゼルエンジンに最高出力23PS(17kW)、最大トルク200Nmのモーターが加勢して四輪を駆動する
メルセデス・ベンツのコンパクトはどうなる?
鈴木:ベタ褒めですね。ただ、いくらお買い得とはいっても819万円。今回、大谷さんにおうかがいしたかったのは、しばらく前からメルセデス・ベンツは価格的にこのGLCなどの下に位置するコンパクトモデルの戦略を見直している、という話です。
大谷:なるほど。確かにそうですね。メルセデス・ベンツといえば、歴史的に見ても高級車メーカーとして知られていますよね。それが1990年代に入ってから路線変更というか、モデルラインナップを拡大する方向に戦略が変わって、1997年には初めてのコンパクトモデル、Aクラスが誕生しました。
1997年から2005年まで生産された初代メルセデス・ベンツ Aクラス
鈴木:よく覚えています。それまでメルセデス・ベンツといえばセダンかワゴン、それに2ドア・クーペが基本だったのに、ワンボックスみたいな背の高いデザインの小型車が登場した。当時はこれもベンツなの?とおもいました。
大谷:Aクラスでとりわけ特徴的だったのが、エンジンを横置きにしたことでした。それまでメルセデスは商用車ベースのモデルを除けば、高級車の代表的なレイアウトであるエンジン縦置きのモデルしか作ってきませんでした。が、Aクラスで初めて横置きエンジンのコンパクト市場に打って出ることになりました。
鈴木:それからもう随分年月が経ったので、私は、今だとむしろメルセデス・ベンツはフルラインナップメーカーという印象です。ところが、最近になってコンパクトモデルのラインナップが縮小される、という話が聞こえ始めた。具体的にはAクラスがゆくゆくはなくなってしまうのではないか?と。
写真は現在のAクラス。姉妹的関係だったCLAクラスにはニューモデルが発表されたにもかかわらず、2018年の初登場以来、現行Aクラスにはモデルチェンジの予定がない
大谷:たしかに2020年代に入ると、メルセデス側からもそうした話が聞こえてくるようになりました。
鈴木:その理由はなんだったのですか?
大谷:公式には「もともとメルセデスが得意としてきたラグジュアリー・クラスに注力するため」との説明でした。いっぽうで、電動化戦略を推し進めるなかで、より利益率の高い製品を主力に据える必要があったためという理由も考えられます。
鈴木:メルセデス・ベンツは近年の欧州車電動化のトレンドよりも早い段階から電動化に対しては積極性が高かった記憶があります。
大谷:いよいよエンジン車から電気自動車(BEV)に移行する過渡期となって、自動車メーカーはエンジン車とBEVの両方をラインナップしなければいけなくなりました。この状況は開発費の面でも生産設備の面でもメーカーのコスト負担が非常に重くなります。そこでより利益率の高い製品を主軸に据えることで経営基盤を強化し、BEVへのシフトをよりスムーズに終えたいという思いを抱いているはずです。
ところが?
鈴木:ここで一度、整理も兼ねてですが、メルセデス・ベンツはBEVへの移行に積極的。しかしエンジン車をいきなりやめるわけにもいかない。そうなるとラインナップがどうしても増えてしまう。そこで一旦、Aクラスに代表されるコンパクトモデルのラインナップ縮小を考えた。ところが、それがまた見直されるみたいですね。
大谷:はい、まだ公式な発表はないようですが、2028年に生産が終了すると見られていたAクラスについても、後継モデルを開発する方針を固めたという報道が流れ始めています。
鈴木:二転三転といった状況ですよね。
大谷:よく知られているとおり、EVの販売が当初の予定より伸び悩んでいることにくわえ、EU圏内でもエンジン車販売禁止の動きが軟化するなどといった動きに呼応したものと見られます。これはメルセデスに限った話ではなく、フォルクスワーゲン・グループも同じ方向に戦略を見直す模様です。
鈴木:フォルクスワーゲン・グループはメルセデス・ベンツよりも巨大で、しかもグループ内にたくさんのブランドがあるのでさらに複雑だと想像しますが、話を絞ると、フォルクスワーゲン・グループのプレミアムブランド、メルセデス・ベンツのライバルであるアウディからもエンジン車のニューモデルが登場しています。
大谷:現在、アウディ、メルセデスといったプレミアムブランドが置かれた状況は決して楽なものではないと思います。排ガス規制や安全規制の強化で自動車の製造コストはどんどん上昇しています。そこに追い打ちをかけたのがロシアとウクライナの戦争で、これでエネルギーや金属などのコストがさらに上がった。加えて発展途上国でも自動車の需要は伸びている。
鈴木:結果、自動車は全体的に値上がりしている。
大谷:感覚的にはここ数年で20〜30%は価格が上がった印象です。話をメルセデスに戻せば、以前はEクラスが購入できていた価格だとひとクラス下のCクラスしか買えなくなってきています。
鈴木:実際、先程のGLC 220d 4MATIC Coreの819万円というのはまさにそうですよね。先代GLCは2016年発売ですがその時は600万円台後半からでした。150万円ほどの値上がりとなる1クラス分の価格差に等しい。さすがにプレミアムブランドのユーザーにとっても、なかなか厳しいのでは?
2016年に登場した初代GLCクラス
大谷:これはまあ、プレミアムブランドだけではなくすべてのカテゴリーで似たようなことは起きていると思いますが、かつてのように「これまで●●ブランドを買ってきたから、次も●●ブランドを買う」という時代は終わりを告げようとしているのかもしれません。
鈴木:今後はどうなっていくのでしょうか?
大谷:もちろん、ひとつのブランドを買い続けるユーザーは一定数残ると思いますよ。そのいっぽうで、浮動票的にいろいろなブランドを渡り歩くユーザーも増えるのではないでしょうか。
鈴木:つまり長年のメルセデス・ベンツオーナーも次はメルセデスとは限らない?
大谷:ブランドだけに限らず、パワートレインについても似たような状況にあると思いますが、あるひとつの製品が、そのときの自分のライフスタイルにどれだけマッチしているかという選択基準で購入するユーザーがこれまで以上に増えるのではないかと思っています。裏を返せば、自分と波長があったモデルが見つかったら、過去のブランドやパワートレインに囚われることなく購入するケースが増えるような気がしています。いずれにしても「いままでコンパクトクラスだったから、次はミディアムクラス」というようなシンプルな成長基調は望めなくなるので、市場の声や顧客のニーズを詳細に拾い上げて、それを製品企画に反映する必要があると思います。
発表されたばかりの電動GLCことMercedes-Benz GLC with EQ Technology
鈴木:自動車メーカーは考えなくていけないことが増えているんですね。
大谷:そこでまたGLCの話に戻りますが、その意味でいえば、価格が少しだけお手頃になったGLC 220d 4MATIC Coreは、きっとメルセデスのSUVファンに大いに歓迎されるでしょうね。
鈴木:私、メルセデス・ベンツは時代の変化への対応において賢い印象があるので、そういうことかもしれないとおもいました。今日はありがとうございました。
大谷:ありがとうございます。
