
アウディ コンセプトCのデザインを考える
アウディはイタリア・ミラノの特設会場でまったく新しいコンセプトカー“コンセプトC”を発表した。

ピュアEVの2シーター・スポーツカーとされるコンセプトCは、キャラクターラインを始めとする装飾性を極力排除したシンプルなデザインが特徴的。ボディを構成する主要なラインが極めて直線的なことから、昨年末に発表されたジャガーのコンセプトカー“TYPE00”との類似性を指摘する向きがあるかもしれない。

ちなみに、コンセプトCのデザインを主導したチーフクリエイティブオフィサーのマッシモ・フラスチェッラはジャガー・ランドロバーの出身。そう聞くと、ますます2台の類似性が疑われるが、フラスチェッラは主にランドローバー部門の量産モデルに深く関わっていたので、TYPE00のプロジェクトには直接タッチしていなかったと見られる。
(著者註:後日、フラスチェッラに直接「TYPE00のプロジェクトに関わっていたか?」と質問したところ、肯定も否定もしなかったので、筆者は考えを改め、現在はフラスチェッラがTYPE00に関わった可能性があると捉えている)
チーフクリエイティブオフィサーのマッシモ・フランスチェッラ(Massimo Frascella)
いずれにせよ、極端ともいえるシンプル志向は両車に共通する点だが、これまでの自動車とはかけ離れたプロポーションを敢えて採用したTYPE00に対して、コンセプトCのプロポーションはある意味で一般的な自動車の範疇に留まっている。この点にこそ、「既存の自動車との決別」を意図したTYPE00と、「歴史に根ざしつつも自動車の新たなカタチ」を模索したコンセプトCとの、決定的な違いが表れているように思う。
発表会に参加した著者・大谷達也氏
シルバーアローの幻影
そう、コンセプトCは近未来的な造形でありながら、歴史的な要素も数多く含んだデザインを特徴としている。

たとえば、縦長の長方形をしたフロントグリル(コンセプトCはピュアEVなので、フロントグリルといっても冷却気を取り入れるわけではないが……)はバーティカル・グリルと呼ばれ、将来的に登場するすべてのアウディに採用されるというが、これは1930年代に活躍したアウトウニオンのレーシングカー“タイプC”や2005年デビューの3代目A6でデビューしたシングルフレーム・グリルをオマージュしたものという。
Auto Union Type C
ここまで読み進んだ方はお気づきのとおり、コンセプトCのネーミングはアウトウニオン・タイプCに由来している。
現在につながるアウディの前身として戦前のグランプリレースに参戦したアウトウニオンは、フェルディナント・ポルシェ博士がデザインしたタイプAからタイプCまでのシリーズモデルを実戦に投入。メルセデスベンツのグランプリカーとともに“シルバーアロー”として戦前ドイツの国威発揚に貢献した歴史がある。

なかでもタイプCは排気量6.0リッターのV16エンジンにスーパーチャージャーを装備。ポルシェ博士の先進的な設計思想を受け、戦前のレーシングカーでありながらエンジンをミドシップするという革新的なレイアウトを採用していた。さらに、速度記録用にモディファイされたタイプCは最高出力560psを発揮。流線形の空力ボディにより、432km/hをマークしたとの記録が残っている。

なお、アウトウニオンはタイプCの発展版であるタイプDもグランプリレースにエントリーしたが、これはアウトウニオンの社内設計。また、ミドシップレイアウトはアウトウニオンのタイプAからタイプDまでのすべてに採用された。
話がわき道に逸れたが、コンセプトCにもタイプCの面影がそこかしかに見られる。

まず、キャビンがホイールベースの中心付近に位置したレイアウトは、いかにもミドシップ・レイアウト(といってもコンセプトCはピュアEVなのでエンジンを積んでいるわけではないが……)を想起させるもの。キャビン後方に連なるリアカウルが高く迫り上がったデザインもタイプCの特徴を受け継いでいる。
なお、コンセプトCはアウディのオープンスポーツとして初めて開閉可能なメタルトップを採用しているが、このリアカウルには、オープン時にルーフを格納するという機能も盛り込まれている。

そしてリアカウルに刻まれたルーバーもタイプCをオマージュしたものといって間違いないだろう。

コンセプトCは、ボディサイドに一切のキャラクターラインを持たないいっぽうで、ボディ前端からリアエンドまで伸びるショルダー部は外側に大きく張り出しており、これが力強さを表現するデザイン上のアクセントとされている。
リアエンドもシンプルな面で構成されているが、ここにレイアウトされたテールライトには、左右それぞれに4つずつ並んだ光源が内蔵されている。実は、ヘッドライトも同様に4つの光源で構成されているが、これらはアウディのトレードマークであるフォーリングスを象徴するもの。なお、4つの光源を持つ前後のライトデザインも将来的に登場するすべてのアウディに採用されるという。
また、今回発表されたコンセプトCも単なるショーモデルで終わることなく、2028年初頭には量産モデルがデビューする見通し。それも、コンセプトCの面影を色濃く残したデザインになるというから楽しみだ。
コンセプトCを発表するアウディ CEO ゲルノート・デルナー(Gernot Döllner)
Strive for Clarity
ところで、コンセプトCがお披露目されたイベントには“Strive for Clarity(=明快さの追求)”とのタイトルがつけられていたが、これはアウディの新しいデザイン・コンセプトを表しているだけでなく、企業としての新しい経営体制も示しているという。
イベントで挨拶に立ったゲルノート・デルナーCEOは、これについて次のように語った。
「明快さはアウディのデザインだけを定義づけるものではありません。それは私たちが会社を運営するうえでの原則でもあります。私たちは自分たちの製品、組織、そして経営プロセスの本質にフォーカスしていきます。こうすることでイノベーションのための余地を生み出し、技術的リーダーシップが発揮される環境を生み出していきます」
その背景として、近年のアウディには意思決定の透明性が不足しており、これが製品開発の効率などを低下させていたとの反省が社内にはあったことが挙げられる。こうした組織を改革し、アウディ本来の価値である先進的技術の投入、美しいデザインの創造、そして緻密に磨き上げられた製品を生み出すことにこそ、Strive for Clarityの本当の理念が込められているようだ。
そうした変革の表れとして、アウディは拙速な電動化戦略を改める方針を明らかにしている。今回のイベントでも、デルナーCEOは「電気自動車だけでなく、プラグインハイブリッド車、エンジン車なども継続して生産する」と明言。外誌の報道によれば、2033年までにエンジン車の生産を終了するとしていた従来の方針についても、「生産終了時期を明言しない」方向に改めたという。
「技術による先進」というフィロソフィーを堅持しつつ、新しい価値観で次世代のクルマ作りに取り組もうとしているアウディ。その動向を、今後も注目していきたい。
