「昼の情景」と「夜の情景」の謎

 ラ・トゥールのもうひとつの特徴として挙げられるのが、同じテーマを繰り返し描くということがあります。「マグダラのマリア」を主題に描いた作品は少なくとも8点(現存は5点)と一番多く、次に多いのが「聖セバスティアヌス」です。「マグダラのマリア」については次回、紹介します。

 年記もなく、同じテーマの作品が多いことも真作、模作、工房の共同制作、後継者による作品の見分けを難しくしています。近年は科学的調査での解明を進めていますが、まだまだ多くの謎が残っています。

 また、「昼の情景」が前期の作品、「夜の情景」が後期の作品とされてきました。1915年にヘルマン・フォスによって再発見されたのはいずれも「夜の情景」を描いたものでした。3枚の絵は聖書の一場面を深い闇の中に描き出したもので、前回紹介した18世紀の修道士の記録にある「夜の絵に秀でた画家」を裏付けるものです。

 しかし1935年、フォスによって報告されたのは、現在ルーヴル美術館が所蔵する《いかさま師》など「昼の情景」も描いていたということでした。これに続いてキンベル美術館所蔵の《いかさま師》、メトロポリタン美術館所蔵の《女占い師》が見つかります。静謐で精神性の高い「夜の情景」の表現と、それら「昼の情景」の生々しい世俗の表現が、全く違ったことに世間は驚きます。

 ここにはフォスに協力した人物がいました。世界的なテニスプレイヤーでもあったピエール・ランドリーです。1926年に《いかさま師》をパリの古美術商から手に入れてフォスに貸した人物で、当時彼は、ナント美術館にあった《犬を連れたヴィエル弾き》もラ・トゥールの作品だと確信していました。その助言によって、世俗的なテーマを扱った昼の情景も描いていたことを受け入れたのでした。

《犬を連れたヴィエル弾き》油彩・カンヴァス 186×120cm ベルグ、市立美術館

 またフォスは、《いかさま師》について一見世俗画に見えるが、実は聖書にある「放蕩息子」を主題にしているのではないかと推測しました。父親から財産を譲り受けた息子が、放蕩の限りを尽くして財産を使い果たし、困窮した末に故郷に帰り、父親の赦しを得て悔悛するという物語です。16世紀の演劇では、放蕩息子がカード賭博で騙され、大金を失うという場面があり、《いかさま師》との関連性も指摘されますが、単なるカード賭博への教訓画という見方もあります。

 描かれた年代は、その完成度の高さから、ふたつの《いかさま師》は1630〜34年頃、《女占い師》は1630〜38年頃と推定され、今では壮年期の作品と見るのが主流となっています。《いかさま師》、《女占い師》については次回、解説します。

 作品の傾向による制作年代の推定も試みられています。時の経過とともに様式化、幾何学化、単純化に向かったと言われていて、例えば第1回で紹介した《生誕(新生児)》(制作年不明)は、人物が作る三角形、頭部の楕円など、幾何学的に単純化された構図で、簡素で安定したバランスになっています。

 また、絵の具の厚塗りや素早い筆致も見えず、仕上がりは滑らかで、色数が抑えられていることから、晩年に近い1648年頃の制作だと推測されています。前ページで紹介した《荒野の洗礼者ヨハネ》も単純化され、色数が抑えられていることから晩年の作とされました。

 現存する作品は少ないラ・トゥールですが、今後、400点以上描いたとされる作品のなかから新たに真作が発見され、真実が明かされる可能性も高いでしょう。その日を楽しみに待つことにいたしましょう。

 次回はラ・トゥールの「昼の情景」と「夜の情景」の傑作を紹介しましょう。

参考文献:
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 再発見された神秘の画家』(知の再発見双書121)ジャン=ピエール・キュザン、 ディミトリ・サルモン/著 高橋明也/監修 遠藤ゆかり/翻訳 創元社
『夜の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』ピエール・ローザンベール/監修 ブルーノ・フェルテ/執筆 大野 芳材/翻訳 二玄社
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展ーー光と闇の世界』(2005年美術展カタログ)高橋明也、読売新聞東京本社文化事業部/編集 読売新聞東京本社
『フランス近世美術叢書V 絵画と表象Ⅱ フォンテーヌブロー・バンケからジョゼフ・ヴェルネへ』大野芳材/監修 田中久美子、平泉千枝、望月典子、伊藤已令、矢野陽子、吉田朋子/著 ありな書房
『フェルメールの光とラ・トゥールの焔ーー「闇」の西洋絵画史』宮下規久朗/著 小学館
『西洋絵画の巨匠11 カラヴァッジョ』宮下規久朗/著 小学館
『もっと知りたい カラヴァッジョ 生涯と作品』宮下規久朗/著 東京美術
『1時間でわかるカラヴァッジョ』宮下規久朗/著 宝島社
『国立西洋美術館名作集 深堀り解説40選』森耕治/著 アマゾン・ジャパン