各国の争奪戦と日本の獲得

 ラ・トゥールがとくに広く知られるようになったのは、1934年にオランジェリー美術館で開催した「17世紀フランスの現実の画家」という展覧会でした。カラヴァッジョ派と静物画の画家たちの作品が展示されるとともに、当時知られていたラ・トゥールのほとんどの作品が出展され、大いに注目を浴びます。名だたる美術史家たちが天才画家の出現について熱く議論をし、画家について書かれている古文書の研究にも力を入れました。

 この展覧会後、ラ・トゥール人気はますます加熱し、アメリカなどヨーロッパ以外の国の美術館も興味を持ちます。なかでも1936〜37年にかけてアメリカを巡回した展覧会で、ラ・トゥールはアメリカ中の美術館関係者を魅了し、その作品を手に入れようとしました。

《女占い師》油彩・カンヴァス 102×123cm ニューヨーク、メトロポリタン美術館

 1960年、《女占い師》がメトロポリタン美術館に展示されると、画家の署名入りのこの傑作がなぜフランスを離れたかと、フランス美術界では大問題になりました。当時の文化相アンドレ・マルローが《女占い師》の輸出が認められたことについて、議会で釈明したほど、フランス人は激しいショックを受けたのでした。また、《クラブのエースを持ついかさま師》も、1981年にテキサス州フォート・ワースのキンベル美術館が購入して話題となっています。

 現在ではワシントンのナショナルギャラリーが《鏡の前のマグダラのマリア》、ロサンゼルスのカウンティ・ミュージアムが《ゆれる炎のあるマグダラのマリア》、同J・ポール・ゲッティ美術館が《辻音楽師の喧嘩》、ニューヨークのメトロポリタン美術館が《ふたつの炎があるマグダラのマリア》《女占い師》、サンフランシスコ美術館が《老人》《老女》、テキサス州フォート・ワースのキンベル美術館が《クラブのエースを持ついかさま師》など、計13点ものラ・トゥール作品の入手に成功しています。

 その後も再発見は続きます。ラ・トゥールの初期の作品とされる「アルビの聖人像」というキリストと12使徒を描いた13枚の連作があります。連作はフランス革命まで、フランス南部のアルビという町のサント・セシル大聖堂に飾られていたことがわかっています。その後、《聖ヨハネ》と《聖バルトマイ》は革命中に行方不明となってしまい、また、《聖小ヤコブ》《聖ユダ(タダイ)》以外の9点は模作にすり替わってしまっていました。

 しかし1941年に《聖ピリポ》、1991年に《聖アンデレ》が発見され、現在、国立西洋美術館所蔵の《聖トマス》、および近年発見された《聖大ヤコブ》を加え、計6点が真作だとされています。

《手紙を読む聖ヒエロニムス》油彩・カンヴァス 63.8×47.2cm ロンドン、バッキンガム宮殿(王室コレクション)

 1972年、オランジェリー美術館で開催された「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」という大規模な展覧会も、ラ・トゥール研究において大きな意義がありました。ラ・トゥールの復権と、作品の分析においても重要な展示だとされています。この展覧会以降、新たにラ・トゥール作とされた作品が増えますが、模作や共同制作、息子のエティエンヌの作だとされる作品もありました。そのため、現存する真作の数は研究者の間でも意見が分かれており、40点とも60数点ともいわれています。

 日本の収集家・石塚浩氏は1973年に《ヴィエル弾き》をイギリスの画廊から購入し、同じ年のクリスティーズのオークションに出します。これを購入したのはスペインのプラド美術館でした。翌年、石塚氏はクリスティーズに出品された《聖トマス》を落札。2004年、主任研究官の高橋明也氏が尽力し、国立西洋美術館がこれを獲得しました。先に紹介した「アルビの聖人像」連作の中の1枚です。

《聖トマス》油彩・カンヴァス 65×54cm 東京、国立西洋美術館

 また、1990年に富士美術館が《煙草を吸う男》をパリの競売で獲得しています。息子エティエンヌとの共同制作の可能性があるともされる作品です。

 2005年には国立西洋美術館において、日本初の「ジョルジュ・ラ・トゥール展——光と闇の世界」が高橋明也氏を中心に企画されます。真作のほぼ半数と、失われた原作の模作・関連作を含め、計30数点の作品群が展示され、入場者数は245,064人と大盛況を博しました。

 ラ・トゥール研究に貢献した日本人もいます。美術史家・田中英道氏は東京大学でラ・トゥールについての修士論文を書き、1969年、フランスのストラスブール大学で博士論文を作成中、未公開作品《たいまつを持つ子どもたち》の存在を発表します。これを収集家のグランヴィル夫妻が購入、《ランプをともす少年》と呼ばれるようになったこの作品は、ディジョン美術館に寄贈されました。

《ランプをともす少年》油彩・カンヴァス 61×51cm ディジョン、市立美術館

 また、田中氏はラ・トゥールの全作品を「昼の情景」を描いた第1期と、「夜の情景」を描いた第2期に分類しました。「昼の情景」の多くは《ヴィエル弾き》や《豆を食べる人》など市井の貧しい人々や、《いかさま師》、《女占い師》など賭博の詐欺や窃盗の現場などを写実的に描いた風俗画です。

「夜の情景」の多くはロウソクやランタンなどの光を効果的に使って、聖セバスティアヌやマグダラのマリアなど、キリスト教の聖人や聖女を描いた宗教画です。しかし、ずっと両方を描いていたのではないかという研究者もいて、いまだ謎が残っています。これについては第3回で解説し、次回はラ・トゥールの生涯について紹介しましょう。

参考文献:
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 再発見された神秘の画家』(知の再発見双書121)ジャン=ピエール・キュザン、 ディミトリ・サルモン/著 高橋明也/監修 遠藤ゆかり/翻訳 創元社
『夜の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』ピエール・ローザンベール/監修 ブルーノ・フェルテ/執筆 大野 芳材/翻訳 二玄社
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展ーー光と闇の世界』(2005年美術展カタログ)高橋明也、読売新聞東京本社文化事業部/編集 読売新聞東京本社
『フランス近世美術叢書V 絵画と表象Ⅱ フォンテーヌブロー・バンケからジョゼフ・ヴェルネへ』大野芳材/監修 田中久美子、平泉千枝、望月典子、伊藤已令、矢野陽子、吉田朋子/著 ありな書房
『フェルメールの光とラ・トゥールの焔ーー「闇」の西洋絵画史』宮下規久朗/著 小学館
『西洋絵画の巨匠11 カラヴァッジョ』宮下規久朗/著 小学館
『もっと知りたい カラヴァッジョ 生涯と作品』宮下規久朗/著 東京美術
『1時間でわかるカラヴァッジョ』宮下規久朗/著 宝島社
『国立西洋美術館名作集 深堀り解説40選』森耕治/著 アマゾン・ジャパン