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 統合報告書は、企業の財務情報と非財務情報を統合した“企業の見取り図”とも言える重要資料だ。本連載では、株式アナリスト出身の椎名則夫氏が、読み物としての面白さと投資家向け情報としての有用性の両面から、注目すべき統合報告書を厳選して紹介。

 今回は、伊藤忠商事の「統合レポート」を投資家視点で読み解く。「資本コスト経営」がどう実装されているのか。ROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)の向上目標や事業撤退(EXIT)基準を明示する同社の経営の特徴を分かりやすく解説する。

投資家の視点で読む伊藤忠の「統合レポート」

 伊藤忠商事(伊藤忠)の「統合レポート」は統合報告書のお手本と言える内容であり、これからさまざまな統合報告書を読もうと考えている方にとって“初めの一冊”として強くお薦めしたい存在である。

 前回前々回と、統合レポートについて一般ビジネスパーソンの視点から「魅力的な読み物」として「企業価値の定式を起点にしていること」と「その定式と経営理念・経営方針がひも付けられていること」の2点を特色として挙げた。今回は投資家向け情報としての視点で注目すべき3つ目の特色である「資本コスト経営の実装」に焦点を当てたい。

・特色3 資本コスト経営が実装されている

 伊藤忠の「統合レポート」は、投資家が企業を見る物差しである企業価値の式をベースに展開されており、投資家フレンドリーな構成になっていることが特色である。

 では、投資家目線でこの統合レポートが評価に値するかどうかを考えてみたい。その判断軸は、「資本コスト経営が実装されているかどうか」にあると筆者は考える。

 そのためには、以下の3点が満たされている必要がある。

  • 資本コストが適切に認識されていること
  • 資本コストに基づいた事業運営が行われていること。すなわち資本コストを踏まえた事業投資(含む事業撤退、資産入替)が行われ、その結果資本コストを上回る付加価値が創出されていること
  • 資本コストの最小化に取り組んでいること

 筆者の結論は「伊藤忠では、資本コスト経営が高次元で実装されている」ということである。

 資本コストの認識については、計量的な開示は多くないものの、業種別・国別に株主資本コストを運用しているとの記述があることや(「統合レポート」p68を参照)、投資家との積極的なコミュニケーションが行われていることを踏まえると、その認識は必要かつ十分であると推察できる。