
共同幻想は受け継がれるのか?
アウディに限らず、これまでヨーロッパの自動車メーカーは長い歴史を背景として開発を進めてきました。その積み重ねがメーカー毎の独自性を生み出し、やがては“ブランド”に昇華していきました。ブランドは一朝一夕にできるものではないので、守り続けていくことで競争相手を峻別し、信奉する顧客を惹き付け引き止めます。
4シルバーリングスだけでなく、メルセデス-ベンツの3ポインテッドスター、あるいはルイ-ヴィトンのLVマークなどはみんなその象徴となるものでした。
しかし、E5スポーツバックではアウディは自ら象徴を手放してしまったのです。これは一体、何を意味しているのでしょうか?
もう、4シルバーリングスの背景に存在している神通力を頼りにしない。あるいは、頼りにならないと判断したのでしょうか?

もっと言ってしまえば、台頭著しい中国の新興メーカーと較べると、歴史があるぶん古臭く思われてしまう。技術や製品などにも、もはや決定的な違いや差などはないと思われているならば、思い切って変えてしまった方が良いのではないか。そう考えられても、まったくおかしくない状況に今の中国は来ています。
ブランドは商品やメーカーの価値を象徴しますが、価値そのものではありません。あくまでも了解の上での共同幻想でしかないのです。欧米と日本が主導してきた130年あまりのエンジン車の輝かしい歴史によってブランドとしての4シルバーリングスは裏打ちされてきました。
しかし、電動化や自動化、デジタル化、AI化などによる今後の自動車が130年の延長線上にあるのならば4シルバーリングスの威光も保たれますが、延長線上にないのだとしたら、どうなるでしょうか?
共同幻想は成立しない、と断じる人も現れてきます。BYDを先頭とする中国のNEVの価格は下がり続け、性能は上がり続けています。初めてクルマを購入する中国の若い世代にとっては、中国メーカーのNEVのコストパフォーマンスの高さは魅力的で、海外メーカー製の割高感は否めません。そうなってしまうと、親世代が憧れを以て接していた海外メーカーブランドのNEVはありがた味どころか、忌避すべきものにしか見えなくなってしまいます。
4シルバーリングスやスリーポインテッドスター、バイエルンの青い空と白い雲などが付いたクルマたちは、真っ先に購買リストから外されてしまうのです。積み上げられた企業と製品の価値を象徴するものだとばかりに思われてきたブランドのシンボルマークが、メーカーの狙いと逆行し、大きな潮流の変化の中では価値を下げる働きをしてしまうかもしれないのです。
アウディは、SAIC(上海汽車)との共同開発の過程でそれに気付いた、あるいは気付かされたのかもしれません。

上海に住む中国人の友人知人たちとの会話や、ショー会場を出てショールームやショッピングモールなどから受けた印象なども総合すると、アウディがE5スポーツバックから4シルバーリングスを取り払った意味は決して小さくはない予感がしました。同様の動きが、これから他メーカーで起きるかもしれません。アウディ E5スポーツバックは広大なオート上海2025でのたった1台でしたが、明らかに他とは違って見えていました。