文・写真:金子 浩久
BEVの充電問題
EVについてニュースに上らない日がありません。単なるニュースにとどまらず、必ず賛否両論を伴っているところがEVの“存在としての新しさ”ゆえのことなのでしょう。
議論を伴う最大のものは、充電に関するものです。代表的なものを挙げてみましょう。
・EVは自宅なり職場で夜中に充電するのが基本。そうすれば、毎朝、満充電の状態で出発することができる。出先での充電はあくまでも継ぎ足し。(集合住宅に住んでいる人のほとんどは自宅で充電できないので、EVは向いていない)
・日本の高速道路のサービスエリアや商業施設の駐車場などに用意されている急速充電器の数量も品質も、欧米や中国などに較べるとあまりにもお粗末。充電器の数自体が少ないし、充電性能も低い。(だから、急速充電器が欧米や中国なみに充実しなければEVは購入したくない)
・いくら“急速”充電器と言ったって、8割まで充電するのに数十分も要しているようでは非効率そのもの。もっと早く充電できなければ、実用的ではない。
いずれも、充電の施設や充電そのものの性能が問われています。EVにとって不可欠な充電の質を向上させ、効率を上げることで現在のネガを減らしていこうという考え方です。
NIOという中国EVメーカー
しかし、4月の北京モーターショーを取材に行った時に、まったく異なった考え方からEVの充電を効率的に行っている現場に遭遇することができました。
それは北京市内中心部のビジネスビルが建ち並ぶ敷地内に付属した屋外の駐車場でした。そこに、NIO(ニオ)のバッテリー交換ステーションがあったのです。
NIOというのは、2014年に設立されたウイリアム・リー率いる中国のスタートアップEVメーカーです。ニューヨーク証券取引所に上場したり、フォーミュラEに参戦したりしたことがあるので、日本でもその名前を聞いたことがある人もいるかもしれません。
NIOは現在、SUVタイプやステーションワゴンタイプなど数種類のEVを製造販売しています。本格量産第1号車の「ES8」からNIOのEVの最大の特徴になっているのが、バッテリーです。
他のEVのように、コネクターを差し込んで充電できるだけでなく、交換ステーションでは空になったバッテリーを取り外し、あらかじめ満充電にされてあったバッテリーを代わりに組み込むことができるのです。大きく重たいEVの走行用バッテリーを、まるで乾電池やカセットテープのように取り外し、新しいものと入れ替えます。その作業は、交換ステーションの機械装置が全自動で行います。
この画期的なNIOのバッテリー交換システムについては2019年の上海モーターショーで対面し、その日の夜に市内のNIOのショールームにあった実物を見て知っていました。
「まずは、上海と北京、二都市をつなぐ高速道路のサービスエリアなどに200カ所の交換ステーションを設けます。その後も、増設していく予定です」
モーターショー会場のNIOブースでは交換ステーションの働き方を実演して見せていました。クルマを交換ステーションに入れて停めると、床の一部が開いて横からアームが伸びてきて、ロックを緩めてバッテリーを外し、ステーションに納めます。
次に、あらかじめステーション内で満充電にされて保管されてあった別のバッテリーがアームに載せられ、外したのと逆の順番でクルマの下から組み付けられ、ロック。アームが戻り、床が閉まって完了です。
デモンストレーションのために、所要時間が大きくデジタル表示されていたしたが、2分58秒でした。
5年前に上海モーターショーで見た、NIOの交換ステーションの実際を、今度は北京の街なかで見ることができたのです。
3分でBEV1台フル充電
NIOの交換ステーションについては、アプリがあります。満充電されたバッテリーの在庫状況がタイプ(電気容量)別に表示されたり、使用中や待機台数なども知ることができます。予約もアプリからできるようでした。
アプリを見ていると、1台がこちらに向かってきていました。ほどなくして、淡いブルーグレーのクーペ型SUVの「EC7」がやって来ました。中年の男女が乗っています。
EC7はステーションと並行に停められ、ドライバーの男性がセンターモニターパネルにタッチして、画面を切り替えながらなにか操作しています。それが終わって、男性がパネルから手を離すと、EC7は右斜め前方にゆっくりと前進し、一度止まって、次にバックして交換ステーションに入りました。パネルをタッチ操作していたのは、パーキングアシスト機能をオンにし、自動運転でES6をステーションの然るべき位置に停車させるためだったのです。
ステーションの壁にも「3分以内で交換完了」と記されている通り、短い間で済み、帰っていきました。体感的には、ガソリンスタンドで50リッター以上のガソリンを給油するより断然早いです。
あまりにも呆気なく、短い間でバッテリー交換を眼の当たりにして驚かされてしまいました。日本国内の急速充電器での、貧相で緩慢な充電事情を思い返してみると、彼我の違いの大きさに唖然とさせられてしまいました。
これが現在、中国には2,400ある
「交換ステーションは北京と上海以外にも増え続けていて、現在、約2400か所あります。チェリーやジーカーなど、他のメーカーもこの規格を使うようになりますから、今後ますます増えていくことでしょう」
モーターショーでNIOのスタッフに質問したら、教えてくれました。5年間で、200か所が2400か所にも増えていたのです。
「僕の両親は、ES8がデビューしたすぐ後に購入して今でも乗っています。家にも充電機器を揃えましたが、最初の一回しか充電しませんでした。交換ステーションが便利でラクなので、家で充電する必要がないのです」
北京在住の友人Hさんのコメントだ。
日本でも、このようなカセット交換式のEV用バッテリーは「ベタープレイス」社が実証実験をしていましたが、その後に自動車メーカーが実装したという話は聞こえてきていません。
これまでのようにバッテリーや充電機器を改良し、充電時間を短くして、航続距離を伸ばす工夫も求められ続けるでしょうが、このNIOのカセット交換式バッテリーのような抜本的な解決策も併せて有効です。発想の次元がひとつ違っていました。
この方式が市場でどれくらい支持を集めることになるのか即断できませんが、さまざまなものにすぐにトライしていく実行力の強さと敏捷さなどを感じることができました。それは北京モーターショーぜんたいにも通底していたことです。今からでも遅くないので、日本でもどこかのメーカーが取り組んでみてくれることを期待しています。
上は6年前に公開されているNIOの車内AIアシスタント「NOMI」の動画