世界遺産 元離宮二条城を会場に「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展が開催中だ。アンゼルム・キーファーは、戦後ドイツを代表するビッグアーティスト。作品は神話や歴史への洞察、戦争への怒りをモチーフとし、テーマ性の壮大さを反映して、作品のスケールも巨大だ。そのキーファーの絵画や彫刻33点が、世界遺産・二条城(国宝)二の丸御殿台所・御清所(重要文化財)に展示された。
これだけの点数のキーファー作品を一挙にみられるという機会も稀だが、会場は京都随一の広さを誇る重厚さこの上ない歴史的建造物。力強い梁が走る板間に絵画が設置され、白砂の庭には大型のオブジェが点在する。ほかでは決して見られない光景に、ただただ息を呑んだ。

世界遺産を「保税会場」に 攻めの文化財活用の事例
アートファンには大きな話題の今展だが、破格の規模の展示の背景には、別の話題もある。その一つが「保税制度」だ。
「保税制度」とは、2020〜21年の関税法基本通達改正で生まれた制度で、輸入許可を受ける前の外国貨物を、関税や消費税の支払いを一時的に回避しながら、税関の許可を受けた場所で展示できるというものだ。保税会場を利用すれば、アート作品のコレクションの売買、保管、展示が楽になる。この制度がなければ、世界的なアーティストであるキーファーの作品輸入にかかる税金は膨大な額になっただろう。
倉庫業の寺田倉庫は、2022年に東京・天王洲に国内初の常設型保税ギャラリースペース「BONDED GALLERY」を開設した。国内でのアートフェア開催にも、この保税制度が活用されるようになった。ちなみに、関西大阪万博も保税会場だ。
さらに今展は、その「保税会場」に世界遺産が用いられる初の事例となった。開会の挨拶では、主催者が大阪税関への感謝を丁重に述べる場面があった。展覧会の舞台裏には、ギャラリー、キュレーター、そして京都市と税関の尽力があったのだ。


文化財の「ユニークベニュー(個性的な会場)」としての活用
今展の背景にある、もう一つの話題が「文化財の活用」だ。
京都では、寺院や町家などが、展覧会やハイブランドのVIP向けのエクスクルーシヴなイベントに用いられることが増えている。4月15日には世界遺産・東寺の庭園で、ディオールのファッションショーが開催された。
元離宮二条城も、たびたびイベント会場となってきた。今展のゲストキュレーターを務めた南條史生は、2019年に京都でのICOM (国際博物館会議)開催時に、ここで『時を超える:美の基準』展を手掛けた経験から、元離宮二条城とキーファー展を縁づけた。

京都の寺や町家などの伝統的建築物を使った「ユニークベニュー(個性的な会場)」を売りにしているイベントに、2013年から続く京都国際写真祭KYOTOGRAPHIEがある。京都らしい希少でエキゾチックな場所を展示空間として開拓することで、写真祭は多くの観光客を動員してきた。

京都市も、この「ユニークベニュー」のポテンシャルに注目する。市では先ごろ、展覧会の会場として貸し出し可能な文化財や伝統的建築を、デジタル冊子にまとめてリリースした。ユニークベニューによって文化と経済の好循環等を創出し、「京都アート・エコシステム」を推進。アート市場活性化に取り組もうとしている。

https://www.city.kyoto.lg.jp/digitalbook/page/0000002164.html
エクスクルーシブであることと、積極的な活用の微妙なバランス
とはいえ、市が「ユニークベニュー」として京都の歴史的な建造物や文化財の利用促進をする動きには、ちょっと違和感を感じないでもない。
これまでそうした希少会場は、地元の人のツテを頼って持ち主との関係性を作るような「面倒」が、暗黙のルールだったからだ。借りた空間が文化財であれば、釘一本打てないような利用条件の厳しさもある。
それでもブランドやアート展がユニークベニューを求めてきたのは、その面倒以上のメリットが得られたからだ。カタログは、会場をユニークたらしめていた「敷居の高さ」を下げることになる。
このご時世、文化財にも経済効率の物差しが迫り、尊敬され守られるだけの存在ではいられない。しかしブランドや展示に付加価値をつけるために文化財を活用することは、建物への物理的なダメージだけでなく、文化的なダメージも与える。
京都市が観光化をすすめた場所で何が起こっているのかを見れば、それが痛いほどわかる。縁日のような歩き喰い通りになってしまった錦市場で、庶民の食文化遺産をしのぶことはもうできない。観光客で渋滞する清水寺を、祈りの場として敬うことも難しい。文化財が俗化(テーマパーク化)することで、場所の歴史、伝統へのリスペクトは失われ、取り返しがつかない。得られる経済効果は、それに見合うものだろうか。