ワインのどこが面白い?

ただ、せっかくサスキアさんが、ワイン業界では荘厳な言葉で語られがちな話を軽快に言い換えてくれているのだから、そこに私が変な重力を発生させるのは無粋だろう。

嬉々として畑のこと、ワイン造りのことを話すサスキアさんは、ブルゴーニュの造り手のようだと私が言うと。

「ブルゴーニュは大好きなの!」

とまたしても嬉しそうに話す。

「DBR ラフィット社はこれまでもいくつもの世界中のワイナリーを傘下におさめてきたけれど、ブルゴーニュ・シャブリのドメーヌ ウィリアム フェーブルにグループ入りしてもらえたのはすごく嬉しい。2024年だから、私にとっても大きな決断だった。今後、お互いに経営的なところで色々と変化もあるとおもうけれど、ウィリアム フェーブルは家族経営の素晴らしいワイナリーで、有機栽培はじめサステナブルなワイン造りでも進んでいる。お互いにとって大きな一歩になるとおもっています」

ドメーヌ ウィリアム フェーブル シャブリ醸造責任者 ディディエ セギエさんとサスキアさん

日本ではウィリアム フェーブルのワインはサントリーグループが既に輸入している。サントリーは現在、シャトー ラフィット・ロートシルトはもちろん、ボルドーのシャトー デュアール ミロン、シャトー レヴァンジル、シャトー リューセック、サガR、さらに南仏のオーシエール、チリのロス ヴァスコス、アルゼンチンのカロとDBR ラフィット社の多くのワインを輸入している。実はサントリーとの関係がウィリアム フェーブルとの関係にも影響していたりするのだろうか?

「ウィリアム フェーブルに関しては偶然だけれど、サントリーとの関係は1985年から始まっていてもう40年目。日本での展開には不安がないという意味では、とても運が良かった」

そもそもサントリーとはどういう縁なんですか?

「1983年の、サントリーがシャトー ラグランジュの経営を引き継いだ頃に、うちの家族は知り合っていて、日本の企業がメドック3級シャトーの再起に挑むなんて、とても例外的なことでDBR ラフィットとしても興味があった。それで実際に会ったら、サントリーもファミリーの組織で、ワイン造りをしていて、サステナブルで……つまり、すごく簡単に通じ合える相手なんです。同じものに価値を見て、一緒に成長していける関係。それに鋭いインテリジェンスも感じます」

『デュオダミ』という登美の丘ワイナリーとDBR ラフィット社の合作ワインも過去にありましたが、サスキアさんもそういう展開を考えていたり?

「それはまだ考えていないけれど、登美の丘には今回も行きますよ。もちろん、場所も気候も全然違うけれど、DBRラフィットは中国のロンダイもファミリーだから、その経験から技術的に伝えられることもあるかもしれないとおもっています」

窓際にズラッとならぶのがDBR ラフィット ファミリーのワインたち

サスキアさんは当然、ワインの世界に生まれていますから難しいのかもしれませんが、どうやってワインに親しんでいったのでしょうか?

「ワインは私にとってはお父さんの仕事で、生まれたときから一緒。どう造っているのかはずっと見ているから、当然のように興味は湧くんです。思い出深いワインは、ソーテルヌの1890年がカーヴにあって……」

1890年!?

「そう、あったのよ! 大好きだった。私に世界の複雑さを教えてくれた先生は、あのワインだとおもう。ほかにも思い出深いワインは色々あるし、造り手にも会いに行って。ワイナリーを訪れるということ自体が忘れがたい思い出になるものでしょう? 」

ワインをどう面白がっていいか分からない人に、サスキアさんからのアドバイスはありますか?

「ああ、それはとても大事なことね。ワインの専門用語を知らないと楽しめないのか? とかね。もちろん、楽しむにしても技術的、化学的なことを知っていることは悪いことじゃない。でも、タンニン、酸、pH、ワインに入っている化学物質とか、そういうことを覚えてもそれはワインの構成要素でしかない。ワインをワインにするのは、どう造られて、その間に何が起きて、ということの方だから、あの音楽に似ているとか、あの鳥のようだとか、そういう感受性と、自分の感動をシェアすることが大事だと私はおもいます。自然派ワインが流行ったのはいい例で、私はこれが好き、これは好きじゃないって、みんなでシェアして楽しんでるでしょう? そういうワインとの付き合い方って地に足がついている」

「私はね、カベルネ・ソーヴィニヨンの草のような香りからは、子どもの頃に馬の毛にブラシをかけていた思い出がすぐに浮かぶの。私の母はイタリア人だけれど、彼女も独特の香りの感性があるんだなってよくおもう。女性は香りに敏感だからね。それに、こういう感覚は社会的資産とでも言うべきもので、日本で育った人にも、そういう独特の感覚ってあるとおもう。例えば今、ウマミ(旨味)はワインだけじゃなく食の世界でもよく使われる概念だけれど、日本人ならそれが何を指すのかなんて説明不要なんじゃないかしら? そういう、自分の持っているものをきっかけにワインを紐解いていく、ワインについて考えてみると楽しいとおもう」

では、サスキアさんにとっての理想のワインってありますか?

「私は、ワインで自然を表現して、思い出に残り続ける唯一無二の経験、魔法のような経験となるワインをつくりたい。そして、ワインにとってすごく大事だとおもっているのが、その思い出を分かち合うこと」

それはシャトー ラフィット・ロートシルト以外でも同じですか?

「もちろんワインはそれぞれ生まれた環境もストーリーも違うのだから同じじゃない。そういうものをワインが表現するためにも、バランスを重視するというところは同じ」

そもそも価格もまちまちですしね。

「そう、それもすごく大事なことです。だってシャトー ラフィット・ロートシルトがすべてにおいて最高のワインだったなら、ほかのワインなんていらないじゃない? でも、家族の日々の食卓に適したワインもあれば、特別な日に適したワインもある。食事によって、飲む場所によって、色々な場面にそれぞれ、違うワインがある。ワインは一本一本が、違うものだから」

では最後に、シャトー ラフィット・ロートシルトはどんな人に、どんな時に飲んで欲しいですか?

「ボルドーはご存知のように、独特の流通システムがあるからワイナリーにとってお客さまは遠い。それはでも、とても良くできたシステムで、適切なワインが適切な人に届きやすいと私はおもっています。ただ、時々ワイナリーで、子どもの生まれ年のシャトー ラフィット・ロートシルトを持っていて、子どもが成人したときに一緒に飲むのが楽しみなんだ、という家族に出会うととても嬉しいです。この2018年だって、まだまだ若いから、これから10年、15年、20年と変わっていく。そういう長い時間を待つことも楽しんでもらえて、大切な人と分かち合う大切な時間のために選んでもらえる。シャトー ラフィット・ロートシルトは、そういうワインであり続けるように仕事を続けていきたい」