興味はありながらも、今まで歌舞伎を観始めるきっかけがなかったという人は少なくありません。今回は歌舞伎歴の長い先達に「どんな演目を選ぶか」「チケットをどう買うか」を、アドバイスしてもらいました。

文=新田由紀子 画像提供=PIXTA

【その1】どんな演目を選ぶか

(1)「3点セット」で観る

 歌舞伎の演目は、時代物、所作事、世話物という大きく3つのカテゴリーに分けられる。さらに、これとは別に、明治以降や第二次世界大戦以降に書かれた新しい演目として、新歌舞伎、新作歌舞伎といったものも人気だ。

 初めて観るときは、3つのカテゴリー、あるいは世話物の代わりに新歌舞伎か新作歌舞伎を組み合わせて観るといいと語るのは、若いころから歌舞伎を観続けている小林正史さん(50代男性、仮名)だ。

「レストランで、海老フライだけ食べるのではなく、ハンバーグとコロッケとの盛り合わせランチを食べるようなものですね。9月の歌舞伎座公演は、ちょうど昼夜とも、バランスよくこれらが並んでいますから、『ミックスランチ』を試すのにいいですよ」

・時代物

 武士や公家の社会を取り上げた演目。ダイナミックだが格式張っていて話の運びが遅かったりするし、セリフがわかりにくいことも多い。

「義経とか曽我兄弟とか、お家騒動とかかたき討ちとか。江戸の庶民にとっても、自分たちとは離れた世界のことを扱っているものだったわけです。私もそうですが、時代物は、ずっと観ている人だってわかってない。よくわかっている人は少ないはずですよ。まずは迫力があるなあとか、役になりきっている役者が大きく見えるなあとか感じるだけでもいい」(小林さん 以下同)

 代表的な演目として「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ」「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」などがある。

・所作事

 舞踊のこと。主に長唄の伴奏とともに役者が踊る。踊りを中心に芝居が進むものを舞踊劇という。

 代表的な演目として「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」「娘道成寺」「連獅子」「黒塚」など。

・世話物

 江戸時代に書かれ、庶民の生活を描いたもの。当時の観客にとっては現代劇であり、ホームドラマだった。恋愛、殺人、心中などをテーマにしているのが世話物。せりふが庶民の言葉なのでわかりやすい。

 代表的な演目に「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」「東海道四谷怪談」「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」など。

・新歌舞伎、新作歌舞伎

 明治後期から昭和初期に書かれたものを新歌舞伎、第二次世界大戦以降に書かれたものを新作歌舞伎という。せりふが現代の言葉で、ストーリーもわかりやすい。

 代表的な演目に「松浦の太鼓」「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」「元禄忠臣蔵」など。「ファイナルファンタジーX」「刀剣乱舞」なども新作歌舞伎の一つ。

歌舞伎座

 なお、2023年9月の歌舞伎座公演は、

[昼の部(11時開演)]
・「祇園祭礼信仰記 金閣寺」・・・戦国時代を舞台とした時代物
・「土蜘蛛」・・・僧の本性が実は土蜘蛛で、大立ち廻りを見せる舞踊劇
・「二條城の清正」・・・加藤清正と豊臣秀頼を主人公にした新歌舞伎

[夜の部(16時半開演)]
・「菅原伝授手習鑑 車引」・・・時代物。歌舞伎三大名作のひとつ
・「連獅子」・・・能の「石橋(しゃっきょう)」をもとにした長唄の舞踊
・「一本刀土俵入」・・・横綱を夢見た男を主人公にした新歌舞伎

 と、昼夜ともに、よく知られた時代物・舞踊劇・新歌舞伎が並んでいる。

「時代物である昼の『金閣寺』は、歌舞伎でいう“三姫”のひとつ、雪姫が登場するけど、そんなにテンポよく面白いというものでもない。夜の『車引』は、全編演じると一日中かかる『菅原伝授手習鑑』の中の一幕だけを取り出したものだから、登場人物のこともよくわからなくて当然です。

 若手女形の演じるお姫様のしばられているのがきれいだなあとか、隈取をして大きな衣装でにらみあう立役が迫力あるなあとか、まずはそれを感じてもらえばいいと思います」

 舞踊劇の「土蜘蛛」はおどろおどろしい化け物ぶり、「連獅子」は、初めに狂言師として踊った二人が後半で獅子となって現れて見せる毛振りの迫力をみればいいという。

「昼も夜も、1幕目と2幕目はよくわからないところがあるだろうけど、3幕目の新歌舞伎はせりふも普通にわれわれが話しているのと同じ口語だし、テレビの時代劇のような感じで誰でもわかりやすくて楽しめるはずです」