《メゾン・エルメス》の物語
今回の作品は、イタリア人建築家、巨匠レンゾ・ピアノの設計によって2001年に竣工した《メゾン・エルメス》である。
銀座に建つこの建築は、晴海通りに面し、正面の幅約10m、奥行き約58mという細長い敷地に建ち、地下1階から4階はエルメス銀座店のフロア、5から7階はアトリエとオフィス、8階はアート・ギャラリー、10階は予約制のミニシアターという構成になっている。
この《メゾン・エルメス》の特徴はなんと言っても、ガラスブロックの外観だ。このファサードには約45cm角という特注サイズのイタリア製ガラスブロックが約13,000枚も使用されており、まるで水晶のオブジェのように美しい。また、日が暮れると日中のキラメキから一転、優しく温もりあるオレンジ色の外観となり、幽玄で幻想的な雰囲気を醸し出す。
まさしくこれが、レンゾ・ピアノがこの建築を『マジック・ランタン』と称する所以でもある。
それでは、ここで読み解きポイントその1。
なぜレンゾ・ピアノはファサードデザインにガラスブロックを採用したのだろうか?
単なる思いつき?前から使ってみたくていい機会だったから?それとも施工が簡単そうだったから?いやいや、そんな事はない。
この解答解説にはまず、クライアントであるエルメスが設計者のレンゾ・ピアノにどのようなリクエストを出していたかと言うことから説明が必要となる。
エルメスは設計を始めるにあたりレンゾ側に、「この建築は日本でお客様をお迎えするべく設けた『MAISON(家)』である」というコンセプト(なるほど、だからこの建築の名称は《メゾン・エルメス》)と、「時を超え、時に溶け込み、流されることなく質を保持して欲しい」という要望を出していたのだ。
さて、レンゾ・ピアノ、そこでどうしたか。
彼はまず、これらのオーダーに応えるべく、ある建築作品を今回のデザインのリファレンスとした。それは20世紀初頭、モダニズムの黎明期における傑作の1つ、フランス人デザイナー、ピエール・シャロー設計による《ガラスの家(メゾン・ド・ヴェール)》(1931年)であった。
《ガラスの家(メゾン・ド・ヴェール)》 サブリアリストサンドゥ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
いやぁ、さすが巨匠、何とも秀逸な一手!
確かに《ガラスの家》は文字通り、エルメスのリクエストである「MAISON」であり、「時間を超越したクオリティ」を持つ名作である。この作品をレファレンスしたということだけで、エルメスの命題に対して回答をズバリ提示していることになっているではないか。お見事。
しかし、《ガラスの家》そのままのデザインを引用してもそれは単なるコピー、意味がない。当然、巨匠レンゾ・ピアノは次の手を打つ。
それが《メゾン・エルメス》用に約45cmにサイズアップしたガラスブロックのファサードである。このカスタマイズは、単にガラスブロックを大きくしたということではなく、そのサイズが45cmであるということに、非常に重要な意味を持つのだが、そこで読み解きポイントその2。
なぜ、この《メゾン・エルメス》のガラスブロックのサイズが45cmでなければならなかったのか?

建物が大きいからそれに合わせて大きくした? 45cmサイズが珍しいから試してみたかった? もちろんそんな安直な理由ではない。
実はこのサイズ、エルメスの看板商品でもあるスカーフ『ガヴロッシュ』の大きさなのだ(ちなみに最もポピュラーな90cmサイズのものは『カレ』と呼ばれ、その1/4の大きさである『ガヴロッシュ』は『プチカレ』と称されることもある)。つまり、この建築は『ガヴロッシュ』『カレ』がファサードのデザインとなっている、すなわち、《メゾン・エルメス》は「エルメスを纏った建築」ということなのだ。ブラボー!
