手元に置くことで心躍る逸品がある。それは類い稀なセンスを軸に、厳選の素材を用い丁寧に作られたもの。なかでも長年にわたり、世界から認められてきたブランドの名品に絞ってピックアップ。そのストーリーを深く知ることで、本当のラグジュアリーが見えてくる。

写真/青木和也 スタイリング/荒木義樹(The VOICE) 文/長谷川剛 編集/名知正登

スペイン老舗のレザーメゾンが打ち出す、使い方フリーの“ふわとろ”鞄

 常に側に置いておきたいもの。もしくは、側に置くと心地よさを感じるもの。そんなアイテムの必須条件とはなんだろう? 大きな条件のひとつとして、親しみやすく手触りが良いモノが挙げられるはずだ。眺めて素敵だと感じることも大事だが、衝動的に触れたくなってしまうという欲求は、どうにも抗い難いものがある。そしてタッチが優しくなめらかであれば、きっとルーティンになるに違いないのだ。しかも、それが便利に持ち運べるものであったり、ちょっとしたステータスまで備わっていたとしたら……。

 スペインのマドリードに、1846年から活動を始めた小さくも熟練職人を擁する皮革工房があった。ロエベがブランドとして歴史を紡ぐのは、1872年にドイツから訪れた職人、エンリケ・ロエベ・ロスバーグがその工房に加わってから。優れた技術にてバッグや革小物を作り出すロエベは、ブランドの黎明期から富裕層に受け入れられていた。1905年にはスペイン国王であるアルフォンソ13世から王室御用達の称号を授かり、同国において揺るぎない地位を確立。そしてその評判は徐々に海外にも広まり、1950年代にはモナコのグレース・ケリー王妃も顧客であったという。

2025春夏メンズ パリコレクションでのロエベのショーの最後に姿を見せたジョナサン・アンダーソン氏 写真=CAMERA PRESS/アフロ

 1996年には世界的なラグジュアリーグループであるLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)のファミリーに迎え入れられたロエベ。特に個性的なモードのタッチを纏い出したのは、2013年にジョナサン・アンダーソンがメゾンに加入してからだ。

 この若きクリエイティブ ディレクターは、新たな世界観を表現するため独自のコレクションを展開するだけでなく、ブランドのロゴをもリニューアル。ドイツ的な安定感やスペイン的な情熱、そして英国的な洗練さをも感じさせる五文字は、そのままロエベのしなやかな可能性を体現するアイコンとして完成した。

新しいロゴはロエベの創業者エンリケ・ロエベ・ロスバーグがドイツ系だったことにちなみ、ドイツ生まれの英国人タイポグラフィデザイナー、ベルナルド・ウォルプからインスパイアされたデザイン 写真=REX/アフロ

 そしてそんな敏腕ディレクターならではのセンスを感じさせるアイテムとして注目したいのが、名作鞄の「フラメンコ」。そもそもオリジナルモデルのリリースは1984年。歴史的革匠のロエベらしく高品質のナパカーフが使われ、しなやかで有機的なフォルムがフラメンコダンサーのドレスを思わせることからその名がつけられた。

 ジョナサンはメゾンの名作に、新たに高感度なアレンジを加えた「フラメンコ ノット」をリリース。ストラップに配した力強い結び目(ノット)は、柔和なバッグの最適なアクセントとなり好評を得たのである。その後ジョナサンは「フラメンコクラッチ」「フラメンコパース」を連続して打ち出し、名作を幅のあるコレクションへと確立させている。

 また、新たなモデルに合わせて新素材を導入。ロエベのオリジナルである「メローナパラムレザー」は、高級でキメの細かい羊革を厳選するだけでなく、熟練の技術によりシルクのごときとろみが与えられている。いわゆる巾着デザインであるフラメンコは、中に入れ込む荷物や持ち方により、変幻する表情がひとつのポイント。しなやかな独自レザーを用いることで、いっそう自由に使えてタッチを味わう楽しみまでコレクションに取り入れたのだ。

女優のテイラー・ラッセルもフラメンコ愛用者のひとり。2022年にはロエベのグローバル ブランド アンバサダーに就任し、2023年春夏コレクションのランウェイショーのオープニングを飾ったことも 写真=Splash/アフロ

 この豊かな自由さは、自分らしく世界をリードするセレブリティからも支持され、有名女優やモデルもこぞってこのフラメンコを手元で華麗に“躍らせて”いる。スタイルの一部を美しく飾るだけでなく、撫でれば心地良く気分まで高めてくれる。フラメンコはただのバッグではなく、つい自分の側に置いて手懐けたくなる名品なのである。