文・一部写真:金子 浩久
みんな一体何をやっているんだ?
スペインのバルセロナで4代目にモデルチェンジしたMINI COOPERのEV版の試乗と併せて体験したのが実験車「MINI MIXED REALITY E-GOKART」の同乗試乗でした。
場所はサーキットやテストコースなどではなく、郊外の山の中のそれほど広くはない空き地。地面は舗装もされておらず土が剥き出しで、ふだんは何に使われているのかわかりません。
僕の前の順番の人を見ていると、置かれたパイロンに沿ってゆっくりと走っています。速度は、せいぜい10km/hから30km/hの間ぐらいでしょうか。同じコースを3周していました。
僕の番が来ました。予備知識もなくカモフラージュ風の塗装が施された新型MINI COOPERの運転席に座りました。新型MINI COOPERにはいわゆるメーターパネルは存在せず、走行中の情報はフロントウインドにヘッドアップディスプレイとして投映されるか、センターの巨大な丸型モニターパネルに映し出されます。
この実験車では、ヘッドアップディスプレイの情報が映し出されるぐらいの位置に、厚めの新書ぐらいの大きさの何か黒いボックスが吸盤でフロントグラスに張り付けられています。こちらを向いている側面には、何かセンサーのようなものが組み込まれているようにも見えました。
これからいったい何が始まるのか説明も受けないまま、順番に従って乗り込みました。シート位置を合わせてベルトを締め、ブレーキを踏んでメインスイッチをオンにし、ポジションを“D”にシフトしました。
助手席のスタッフに促されて大きなヘッドセットを装着すると真っ暗で、もう何も見えません。
その時の画像をいま改めて確かめると、ヘッドセットからは短い触手のようなものが6本伸びていて、その先端にはイソギンチャクのように小さな球状のものが付いています。それが何のためのものなのかわかりません。
リアシートとトランクをゆっくりと確認するタイミングもありませんでしたが、通常のシートほど空間は広がっておらず、何か大きなものに占められていて、黒く覆われていたように憶えています。
「準備ができたら、スタートしましょう」
助手席のスタッフに促されて、走り出しました。
どこにもない道の先に
ヘッドセットの中には、アニメーションで架空の街が映し出されています。そこを貫く道を、自分が運転するMINI MIXED REALITY E-GOKARTが走っているという設定です。VR(Virtual Reality、仮想現実)空間を体験したことは今まで何度もあり、1か月ほど前にも北京モーターショーのリンク&コーのスタンドで体験しました。しかし、今まで体験したVR空間は、すべてシートに座った固定された状態でした。VR空間内では移動していると仮想されていました。現実空間で実物のクルマを運転しながら体験するのは初めてのことです。
VR空間の中では、ビルの駐車場から表に出て、首都高速のような都市型高速道路に乗って走った後に、郊外の一般道に降りました。その間、道路のカーブに合わせてハンドルを切り、見通しの良い高速道路ではアクセルを踏んで加速しています。減速が必要な場面ではフットブレーキも踏んでいます。一時停止が指定されている場所もあり、そこではフットブレーキを最後まで踏んで停車させました。
VR空間内は架空のアニメーションが連続して見えています。途中で、峠道を越えたところで周囲がいきなり暗黒に陥り、ホンの1,2秒間、道路も見えなくなり、クルマが空を飛んでいるように感じさせられるところもありました。これは“演出”なのだと了解して、実際にクルマがジャンプする時と同じようにアクセルペダルを戻して、着地に備えました。
案の定、暗闇は晴れて、道路と街並みは復活し、道路に着地したように見えながら走り続けます。ビル街だった出発地点とは異なった趣きの家並みが続く街に入り、何度か角を曲がって終了。
ヘッドセットを外すと、実験車は出発した地点に戻ってきています。次の順番の人が運転する様子を脇から眺めていたら、不思議ばかりが思い浮かんできました。
一体何が起きたのか?
最大の謎は、自分は現実世界のこのコースの何も見えていなかったのにもかかわらず、ちゃんと運転していたことです。タイミングを合わせながらカーブではハンドルを切り、直線では加速して、コースをグルッと一周できていました。
自分でクルマを動かしているフィジカルな自覚はありました。加減速の際にGを感じていましたし、ハンドルを切って土の路面でタイヤの抵抗が少し増える感じも手の平に伝わってきていました。
他の人が運転している様子を見ていても、ちゃんとドライバーが運転しています。助手席のスタッフは何もしていません。
ヘッドセットを付けて、VR空間内のアニメーションを見て、その通りに運転していたわけです。でも、アニメーションは現実のコースを再現したわけではありません。デフォルメされた、漫画っぽい架空の街と道路を映し出していました。仮に、それが現実のコースの距離やカーブの曲率などを反映させていたものだとしても、3周にわたるドライバーによる運転の違いがあるので、ズレが生じてくるはずです。
「画面が真っ黒になった時には、ブレーキを踏んで停まった」
そう語っていたドライバーもいたので、各々の運転はだいぶ異なっていたようです。
そう、ひとりひとりのドライバーの違いによるズレが生じることもあれば、ひとりのドライバーが周回する間にズレてくることもあります。だから、VR空間内のアニメーションはそれを見ながら運転しているドライバーの運転にリアルタイムでつねに補正を加えているのではないでしょうか。パイロンを大回りしていたら、それに合わせてVRのアニメーションのカーブの曲率を瞬時に少しキツくして修正したり、加速が強すぎるようだったら、道の距離を伸ばしたりしているのかもしれません。そうした仮説を立てることができます。
つまり、ドライバーはVR空間にあっても、あらかじめ定められたクローズドコース通りにクルマを走らせることができたということです。ドライバーはVR空間しか認識していなくても、その運転はパイロンも倒さずにコース通りに3周も走れたのです。ドライバーにVR空間内のアニメーションを知覚させることによって、現実の道を見せなくても運転を行わせることができたのです。VR空間が絶えず半ば自動的に補正されていると推定しないと成り立ちません。
ドライバーは手足を動かしているけれども、自らの意思でコースを走っているのではなく、VRに導かれているに過ぎません。VRに従って動作を強いられているのです。137年前に自動車が発明されて以来、ずっと人間がクルマを動かしていましたが、逆転してしまったのです。道と進むべき方向などの認識はクルマに任せ、もう人間は手足を動かすだけの存在です。
この技術はどんな意味を持つのか?
それがどのような意味を持つのでしょうか?
BMWは、“このMixed Realityは、自動運転技術に関する先行的な開発”で、これがこのままの姿ですぐに製品化されることはないと発表しています。
自動運転とVRが、どう組み合わされるのか見当も付きません。現行の大多数のクルマが搭載しているレベル2の運転支援技術をレベル3やその先のレベル4に発展させるのには、カメラやレーダーなどを駆使して“いかに精密にリアリティ(現実)空間を把握するか”を追求することにあると考えていました。それが、バーチャルリアリティ(仮想現実)だなんて!
BMWの目論見はわかりません。僕が頓珍漢なのかもしれません。しかし、VRヘッドセットを装着し、現実の路面や周囲の景色をいっさい見ず、パイロンにぶつけたり、ミスコースしたりせずにコースを3周できた事実は厳然としています。そのスゴさと不思議さは他では体験できないものでした。将来、これがどのように実用化されていくのでしょうか。眼が離せないとは、まさにこのことです。