文=松原孝臣 撮影=積紫乃
「今辛いのと試合のときに泣くのとどっちがいい?」
樋口美穂子が創設した「LYSフィギュアスケートクラブ」は拠点とする練習リンクを持たず、複数のリンクを使いながら練習のスケジュールを組んでいる。
その分、練習時間は短くなるが、だからこそ「練習の質を高めることで補える」という発見もあった。そのためには準備が大切だという。
「氷の上だけじゃなく、氷の上じゃないところもちゃんといい練習ができる準備をしなさい、ということを話しています。ケアやトレーニングですね。朝貸し切りがあるときにやっぱり眠いのでぎりぎりまで寝てちょっとストレッチして練習する。するとやっぱり体が動かないですよね」
「例えば」と上薗恋奈(うえぞのれな)の取り組みをあげる。上薗は現在中学1年生。今シーズンはジュニアグランプリファイナルで銅メダルを獲得、全日本選手権では大会最年少ながら4位となるなど飛躍を遂げ、世界ジュニア選手権代表にも選ばれた。
「上薗さんは午前6時の貸し切りのときは4時に起きてストレッチしてトレーニングしています」
準備に取り組む姿勢がうかがえるが、全日本選手権では緊張を思わせない堂々とした演技をショートプログラム、フリーともに披露した。特にフリーは最終滑走でありながらノーミスで滑り切った。
「素直であることがよさです。一見素直だけど本心では受け入れていないだろうな、という子もいますが、あの子はほんとうに素直に受け入れる。みんなに『本番だけ頑張るんじゃなく練習通りやればいいと思ったほうが気が楽でしょう、だったら練習でいつも本番と思ってやらないとだめ』と言っていますが、そのまま受け入れられる。
『練習が辛い』というときもあります。『今辛いのと試合のときにできなくて悔しいって泣くのとどっちがいい?』と聞くと『今、辛い方がいい』と言って頑張る。全日本は練習通りできました。ただ、それも難しいことだからすごい頑張ったなと思います」
全日本選手権のフリーのあと、上薗は樋口にかけられた言葉が大きかったことを明かしている。
「(樋口に)『13歳で出られる全日本はこれが最後だよ』と言われたので、今に集中してやりきろうと思いました」
樋口は言う。
「私はどの試合も、大きい小さいに関係なくそのときそのときが最後だから精一杯やろうって言ってきました」
そのうえで、上薗にかけた言葉には別の思いもあった。