最初は小説『カジノ・ロワイヤル』
007シリーズは、1953年にイアン・フレミングが英国秘密情報部(MI6)のエージェントを主人公とする小説『カジノ・ロワイヤル』からはじまった。現在も大人気の映画は、62年にショーン・コネリーがジェームズ・ボンド役を演じた『007は殺しの番号』が最初である。
映画が公開されると、ボンドの立ち居振る舞いに世界中の人々が虜となった。その影響は彼が愛用しているスーツやクルマ、そして腕時計にまで及ぶことになる。近年では、最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(21年)でボンド役引退を表明した、ダニエル・クレイグのボンドが好評で、彼が身につけているアイテムが大きな注目を浴びている。
ボンドはオックスフォード大学出身の元海軍将校であり、カリスマスパイ。持ち物も一流ばかりなので、憧れるのは当然かもしれない。クルマはアストン・マーティン、スーツをはじめウエアはブリオーニ、トム・フォード、そして腕時計はオメガ『シーマスター』である。
ここでは『シーマスター』について話を進めたい。とくにダニエル・クレイグ・ボンド着用モデルについてだ。『シーマスター』が007シリーズに登場したのは、1995年公開の『007/ゴールデンアイ』からである。ダニエル・クレイグが登場したのが2006年なので、もちろんダニエル・クレイグのボンドも『シーマスター』である。
ダニエル・クレイグのボンドは、従来とは異なるシリアスさを映画に加えたことで、大きな話題となった。当時は賛否両論あったが(賛の方が多かった)、現在ではジェームズ・ボンドといえばダニエル・クレイグというほど絶大な人気を誇っている。
そんなダニエル・クレイグが劇中で着用している『シーマスター』は、どこかヴィンテージ感があるように思う。たとえば最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で使用されている『シーマスター ダイバー300M』は、本来モダンな印象が強いのだが、彼の腕元のモデルは文字盤に波模様がなく、プレーンなエイジドブラウンカラー。さらにその文字盤とベゼルはアルミが採用され、デイト表示が廃されている。シンプルかつ、レトロな要素が満載なのである。
とはいえ、ケースやブレスレットにチタンを使用し、ムーブメントに最新のCal.8806を搭載するなど、着け心地や機能に抜かりがなく、実用性はしっかりと担保している。デザインと機能の調和の素晴らしさが幅広く愛される理由でもあるのだ。
そんな、とても魅力的なクレイグ・ボンドウォッチを、それぞれの映画ともに紹介していきたい。
『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)
イアン・フレミング原作の1作目を映画化した意欲作。ダニエル・クレイグ1作目である。今作で使用されたのは2モデル。冒頭のマダガスカルの追跡シーンでは、ブラックダイヤル、ラバーストラップ仕様の『シーマスター プラネットオーシャン』を装着。激しいアクションシーンの連続なので、このシーンにとても相応しいモデルであった。もう1本は、モンテネグロに向かうシーンで登場した『シーマスター ダイバー300M』。列車内で「いい時計してるね、ロレックス?」「いや、オメガ」というシーンは印象的だ。その後、カジノでタキシードでカジノ・ロワイヤルの場面に移るので、ダイバーズの中でもドレッシーなモデルへのつけ替えとなっている。ちなみに、この時のスーツは、まだブリオーニであった。
『007/慰めの報酬』(2008年)
007シリーズ初の試みとなった、前作との2話連続構成。まずはボンドのアストン・マーティンDBSとアルファロメオ159とのカーチェイスからはじまる。当時は14台ものDBSが破壊されたと話題にもなったシーンである。今回はこのシーンで少し見えるのだが、『シーマスター プラネットオーシャン』のブレスレット仕様で登場している。前回は45.5㎜径のモデルだったが、42㎜と少し小振りなケースに変更されていた。よりスーツに合わせやすい仕様である。そのスーツは、この2作目からトム・フォードを着用。そして、拳銃もワルサーPPKと、原点回帰を思わせるものに変更されている。やはり、スーツスタイルがベースのボンドには、小型のPPK、そして、少し小径な腕時計が最適ということなのか。
『007/スカイフォール』(2012年)
ダニエル・クレイグ作品の中でも評価の高い『スカイフォール』。アデルが歌う主題歌がヒットしたこともあり、注目度も抜群であった。クルマも1960年代の作品以来というアストン・マーティンDB5が使用されるなど、彼が使用するモノも一段と目をひいた。そんな中、腕時計はイスタンブールでのオートバイチェイスなど印象的なシーンで使用された『シーマスター プラネットオーシャン』。そして、ロンドン・ウェストミンスターの議事堂を襲撃された後、Mを脱出させた際に着用していた『シーマスター アクアテラ』。2モデルとも印象的なシーンで数多く登場している。今作もスーツはトム・フォード。どちらのモデルとの相性もよく、とても似合っていた。
『007/スペクター』(2015年)
オープニング前のプレタイトルですでにブルーの『シーマスター アクアテラ』が登場する。狙撃シーンでチラッと見えるのだ。それからロンドンのQのラボを訪れるまで、ボンドはこのモデルを着用し続ける。今回の衣装もトム・フォードなので、ベストマッチといえよう。クルマは再びアストンマーティンDB5にDB10まで登場する。途中、『007/ゴールドフィンガー』(1964年)へのオマージュなのか、ボンドは白いタキシードを着用する。胸の赤いカーネーションも同じだ。そういうこともあってか、今作に登場する『シーマスター 300』も、ブラック&グレーコンビのNATOストラップを採用しており、どことなくレトロ調である。この『シーマスター 300』は、兵器と化すので、いつも以上に腕時計が目立つ作品となっている。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)
007シリーズの劇中で重要な役割を果たす腕時計。今作のボンドウォッチは、ダニエルクレイグ最後の作品ということもあって、彼とオメガが密に連携をとりながら開発が進められたモデルということである。なので、着用の『シーマスター ダイバー300M 007エディション』には、頑丈さと軽量さを併せ持つグレード2チタンが採用されている。ダニエル・クレイグも「ミリタリーを背景に持つ007のような男性にとっては、軽量化された時計がキーポイントになる。また時計に個性的なエッジをきかせるために、ヴィンテージ風のデザインとカラーも提案した」と語っている。今回もジェームズ・ボンドがQに「いま、ちょうど君の時計を見せたところだ。もの凄い効果だよ」と伝えるシーンがあるように、やはり印象的なシーンに登場するのである。
数少ない万能ウォッチ
巷間よく言われる万能時計というものは存在しないと考えているが、それに近いモデルのひとつがオメガ『シーマスター』コレクションだといえるだろう。
まず正確に時を刻み、耐久力、防水性に優れ、デザインもいい。そして、欠かせないのが装着感。それらをすべてクリアした上で、スーツからカジュアルウエアまで合わせてみせる。
それが可能な腕時計はそうあるものではないのだが、007シリーズでのジェームズ・ボンドの着用で、『シーマスター』の万能性は証明されたといっていいだろう。さらにはダニエル・クレイグと『シーマスター』の相性が抜群に良かったのも、そのイメージをさらに引き上げている。
残念ながら『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で、その黄金コンビは解消となる。次のボンドは誰になるのか?期待を持って発表を待ちたい。