文=福留亮司
ラグスポ人気である。しかし、そこには明確な定義がない。autographは、スポーツウォッチならなんでもラグスポではなく、一定の基準が必要と考える。そこでスポーティでありながら「薄く」「仕上げが良く」「作り込みが高い」ものこそラグスポ、ということにして、独断と偏見で7モデルを選んでみた。その第1弾が元祖と呼ばれるオーデ マピゲ『ロイヤル オーク』である。
ネイビー文字盤のシンプルウォッチ
20年近く前の話だが、ヨーロッパのある空港で搭乗を待っているとき、白人の男性から「良い時計してるね!」と声を掛けられたことがあった。横から不意に言われたのでとても驚いたのだが、その表情がら本心であることがなんとなくわかり、とても嬉しかったのを覚えている。
そのとき腕にしていたのがオーデマ ピゲの『ロイヤル オーク』。シンプルな3針モデルだった。いま大人気となっているラグスポの元祖ともいえる腕時計である。
そもそもオーデマ ピゲ自体がヨーロッパ人も憧れる超高級老舗ブランドで、そのフラッグシップモデルなのだから当然と言えば、当然なのかもしれない。まずは簡単に、オーデマ ピゲについて説明しておこう。
オーデマピゲは、ジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲという2人の時計職人によって、1875年に創業している。以来150年近くの歴史を重ねており、最高峰のブランドのひとつに数えられている。そして、その歴史や技術とともに尊敬されているのが、大資本傘下への統合が進む今日のラグジュアリー業界にあって、いまも創業一族が経営に関わっているという、稀有な時計ブランドのひとつということにある。
世界初といわれる時計を開発
そのオーデマ ピゲの強みは、なんといっても技術力である。
創業間もない1889年のパリ万博で、スプリットセコンドクロノグラフや永久カレンダーなどを搭載した世界初のグランコンプリカシオン(超複雑)懐中時計を発表したのを皮切りに、世界最小のミニッツリピーター搭載懐中時計を開発。腕時計の時代になっても、世界最薄の手巻き腕時計、永久カレンダー搭載自動巻腕時計、そしてトゥールビヨン搭載の自動巻腕時計といった、世界初といわれる時計を次々と製作している。
その技術力は時計界でも一目置かれており、自社の時計に大きな価値を与えたいと願うブランドから、ムーブメント提供の依頼を数多く受けていることでも知られている。
そんなブランドの看板が『ロイヤル オーク』なのだ。
『ロイヤル オーク』が発表されたのは1972年。イタリア市場からの要請によって製作されたと言われている。デザインは、多くの名作時計を生み出した名匠ジェラルド・ジェンタによるものである。
その容姿は、ベゼルが8角形をしており、その表面に裏蓋まで貫通する8本のビスが見える。潜水服のヘルメットをモチーフにしていることから、あえてビスの頭を残し、それをデザイン要素とする画期的なアイディアが素晴らしい。文字盤のタペストリー柄のギョウシェも印象的なアクセントを加えている。
立体的に構築された造形
そのケース、ベゼルは、それまでの定石を覆すかのようにエッジ立たせ、ポリッシュとサテン仕上げで構成されている。時計自体が立体的に構築されているのだ。
しかも、ケースサイズは31~35㎜程度が主流の時代に、あえて39㎜と大型に。それもただ大きいだけでなく、ケースは薄くつくられており、これによって優れた装着感をもたらしている。
当時は高級ウォッチといえばゴールドケースが常識、と思われていた時代。そこにステンレススティール素材を使用した高級ウォッチが登場したのだ。
ビスの頭をデザイン要素としたり、立体的だが薄型だったり、標準よりも5㎜はど大きなサイズだったりと、常識を覆すような個性はファーストモデルから約50年経った今日でも、やはり突出している。ラグジュアリーと称されるだけの創造性と製造技術が、この1本には凝縮されているのだ。
近年はラグジュアリースポーツ・ウォッチ、いわゆるラグスポという分野が確立され、ここ数年は大人気となっているが、全てのはじまりはこの『ロイヤルオーク』から。これはラグスポなのだろうか?と迷ったら、このモデルと見比べてみるのがいいだろう。
ただ、ラグスポ人気でもわかるように、『ロイヤル オーク』は超人気モデルである。そして、オーデマ ピゲの妥協を許さない製作ポリシーもあって、手作業で丁寧につくられているので、現在はほぼ購入できないし、ブティックで見るのも難しい状態。いまはカタログなどで確認するしか手段はないようだ。