文=福留亮司
今年も意欲作をラインナップしてきたモンブラン。新作モデルについては、このautographをはじめ、多くのメディアで取り上げられている。ここでは、ジュネーブで時計作りの責任者であるローラン・カレン氏と話す機会をいただいたので、時計作りの考え方や新作に込められた想いなどを届けたいと思う。
時計作りは龍安寺の石庭
部屋に入り挨拶を済ませると、ローラン・カレンさんはいきなり日本について話しはじめた。
「私はこちらの大学で、日本の哲学の思想を教えています」
時計の技術的なことを話すものと思っていたら、いきなり思想の話。ちょっと面食らったが、モンブラン時計の根底に潜むものがわかるのでは、と次の言葉を待った。
「京都に龍安寺というお寺がありますね。龍安寺には石庭があります。石庭には15の石がありまして、5、2、3、2、3と5つのグループに分かれています。ただ、見えるのは14の石だけ。見えない石がひとつあって、それを探しなさい、と。全てをいっぺんに見ることができないので、常に改善しなければならない、ということなんです」
石庭の作庭意図には禅の精神など諸説ある。しかし、モンブランの時計製作にそういった思想が反映されているとは驚きである。そんな話に驚いていると、カレンさんは「日本の箱です」といって木製の箱をテーブルに置いた。
「箱根の寄木細工をインスピレーションとしたものです。ミネルバ(現・モンブラン ヴィルレ工房)でつくりました。スイスの木で作ったのですが、外からだと継ぎ目がないので、どうやって開けるかわからないでしょう?」
と、イタズラっぽく笑う。そう言われてチャレンジしてみたが、どうやっても開けられない。寄木細工で仕掛けがあるものは“秘密箱”などと呼ばれているようだ。
その精巧さに感心していると、もう少し大きめのボックスが出てきた。それは「モンブラン 1858 アイス シー オートマティック デイト」を厳選したチェストに収めた、初の限定版ボックスセット用のものだった。中身は昨年登場した2つのタイムピース(グリーンとブルー エディション)と、今年の新作グレイシャー グレー文字盤の最新モデルの3本である。
「191個の限定セットです。この1913という数字は、モンブランのロゴがつくられた年なんです。また、シャモニー・モンブランにあるメールドグラースという氷河の標高も1913mなんです。限定数が191個、ボックスの中にモデルが3本。それで1913です。良いストーリーですよね。私はストーリーテリングが好きなので(笑)」
氷河メール・ド・グラースに着想
ボックスに収められたモデルは『モンブラン 1858 アイス シー オートマティック デイト』。41㎜のステンレススチール製のケースで、時、分、秒、3時の位置に日付を表示する自動巻きムーブメントを搭載している。特徴的な文字盤は、モンブラン山塊最大の氷河であるメール・ド・グラースに着想を得て、グラッテ・ボワゼと呼ばれる特別な文字盤製造技術で製作。まさに氷を見ているような印象を与えている 。
「ケースバックにはそれぞれ違う山が描かれています。グリーン文字盤のレ・ドリュはよく見るとグリーンなんです。グレーはレ・グランド・ジョラスの氷河の色で、ブルーはエギーユ・デュ・モワンヌ。ブルーだけは山の色ではなく、ちょうど写真を撮った時が青空だったので(笑)」
つまり、天候次第で違う色になっていたのかもしれない、ということだった。
ボックスセットの話を聞いた後は、セットの中の1本でもある新作のモンブラン 1858 アイス シー オートマティック デイト』について、ここは、というところを聞いた。
「交換可能なブレスレットですね。これはテーパードしてます。バックルのところとラグの位置で幅が違います。最近のモデルではなかなか見られないんです。あとはバックルの稼働域です。業界では5㎜が平均なのですが、このモデルのものは9.3㎜まで動きます」
そして「私のアイディアです」といって話してくれたのがベゼルについてだった。
「どうしてもベゼルにサウンドをつけたかったんです。ベゼルを回してもらえればわかるんですが、この音はイルカの鳴き声なんです。これは偶然ではなく、あえてこうしたんです。この中には60の歯があるんですが、それをベゼルの重力と固定の仕方によって調整しているのです」
確かにイルカの鳴き声のようなものが聞こえる。
プッシャーのないクロノグラフ
そして、話題は今年のモンブランにおける、もう1本の目玉であるミネルバへ。新作『モンブラン ミネルバ 1858 アンヴェイルド タイムキーパー ミネルバ』について、である。
「これは、おそらく時計の歴史上初のプッシャーのないクロノグラフだと思います。ミネルバは1927年にフルーテッドベゼルを開発しました。このモデルはクロノグラフをそのベゼルで作動させるのですが、これは時計界ではじめてのことだと思います」
この新作には通常のクロノグラフモデルにあるプッシャーがなく、ベゼルで操作する。クロノグラフ機能は誤操作を防止する一方向回転式ベゼル(時計回り)で操作し、一度回すとクロノグラフがスタート。2 度目で停止、3 度目でリセットとなる。
「フルーテッドベゼルは我々の歴史の一部で、クロノグラフもミネルバにとって重要な機構です。ベゼルとクロノグラフを結びつける要素がDNAの中にありまして、他のブランドから盗んできたアイディアではないのです。構想は私の中に2年ほど前からありました。ただ非常にテクニカルなので、本当にやるべきなのか?スタッフとたくさんの議論を重ねることになります。でも、日本で学んだ“七転び八起き”という言葉を想い、完成させることができました」
こうして生まれたミネルバの歴史と技術が詰まった新作『モンブラン ミネルバ 1858 アンヴェイルド タイムキーパー ミネルバ』のデビュー作には、2種類のリミテッドエディションがラインナップされた。
ひとつはステンレススティールケースにAu750ホワイトゴールドベゼル、ブルーダイヤルでレッドのアクセントが特徴の100本限定モデル。もうひとつは、ダークグリーンダイヤルとAu750ライムゴールドの28本限定モデル。どちらにも100年前に作られた歴史的なキャリバー13.20にインスパイアされた、キャリバー MB M13.21が搭載されている。
ローラン・カレンさんが日本から影響を受けた思想と、モンブランの歴史が詰まった2023年の新作は、発想も技術的にも素晴らしものだった。そして、時計づくりについての考えを聞くことで、彼が時計責任者でいる限りモンブラン時計は正道を外れない、とも思えた。
個人的には日本の思想や精神に基づいた新モデルが、これからもどんどん誕生しそうで、嬉しい気分になってインタビューを終えたのだった。