入団会見でロバーツ監督とにこやかに握手する大谷選手 写真=AP/アフロ

注目は野球だけにとどまらない

 10年7億ドルという、世界のスポーツ史上最高額といわれる契約をロサンゼルス・ドジャースと結び、日本および北中米で話題を独占した大谷翔平選手。それは、野球関連だけにとどまらず、彼の持ち物や私生活にまで注目が集まっている。

 そのひとつに彼が身につけている腕時計がある。スーパースターと同じものを、という心理は古今東西、誰しもが持つものだ。そして、大谷選手のドジャース入団会見に着用していたモデルについて、米国のメディアで見解の相違がみられるところも面白い。同じグランドセイコーながら、かたや『SBGM221 GMT』とし、一方は『SBGJ217』と結論づけている。ただ、グランドセイコーは公表していないので、定かではないのだが。これだけで、彼の一挙手一投足がいかに注視されているかがよくわかるのである。

『SBGM221GMT』。筆者はこちらだと思うのだが

 ここでは彼が着用しているモデルではなく、確実に着用しているブランド、グランドセイコーについて歴史を振り返ってみたいと思う。

 グランドセイコーは、1960年に「世界に通用する国産最高級の腕時計」を、ということで産声をあげている。当時のセイコーは現在と違い、まだ世界的に認知されるブランドではなかったが、志は高く、時計大国として君臨していたスイスに肩を並べる、という大きな目標を掲げていた。それが現在よりも格段に高い山であったことは想像に難くない。

1960年に発表された初代グランドセイコー

 そんなグランドセイコーがまず目指したのは、COSC(スイス公式クロノメーター検定)並みの精度である。それもあってか、初代グランドセイコーの文字盤には「Chronometer」の文字が刻まれている。これはCOSCを通したわけではなく、COSC基準優秀級規格に準拠した時計ということであった。

獅子マークのメダリオン

 そのセイコー規格は、多岐にわたる姿勢差テストなどを15日間繰り返し行っていた。それはかなり厳格な基準だったようだ。この精度規格に合格したものが、グランドセイコーとして製品化されたのである。ケースバックに、獅子マークのメダリオンが嵌め込まれているのは初代グランドセイコーからの伝統となった。

グランドセイコーのケースバックに刻印される獅子マークのメダリオン

 60年に発表された初代グランドセイコーは、金張りの高級時計だった。金張りとは、他の金属に金合金の薄い膜を貼り付けるというもの。金メッキとは別物で、GF(Gold Filled)と表記される。搭載のムーブメントは自社製Cal.3180。先に述べたように、COSC並みの基準をクリアした高精度キャリバーである。

 2017年にグランドセイコーがブランド化された際に、復刻モデルが発売されたが、こちらは18金のイエローゴールドケースを採用しているので、金張りのグランドセイコーはこの時代のものでしか見ることができない。

 続くセカンドモデルは、64年の発売の『GSセルフデーター』。“セルフデーター”とは日付表示機能のことで、セイコー独自の名称になる。こちらはCal.5722を搭載していることもあり、『57GS』とも呼ばれている。このモデルにはセルフデーターとともに、耐震装置ダイヤショックが搭載されていることも大きな特徴となっている。

57GSとも呼ばれる『グランドセイコー セルフデーター』

 セイコーは、64年から「究極の精度を競う」スイス・ニューシャテル天文台クロノメーター・コンクールに参加し、スイス時計とその精度を競い合っている。そこに投じた技術を惜しみなく『グランドセイコー』に反映させていくことで進化させていったのだ。自動車メーカーがF1レースで培った技術を市販車に反映させていくように、フィードバックされた技術は世界水準にまで高められたのである。 

スイスのコンクールで

 ニューシャテルのコンクールに機械式腕時計部門で初出品した翌年の65年に、時計の平均成績を競うシリーズ賞で第6位を獲得。66年に第3位、67年には第2位と順位を上げていった。そして来年は優勝を、という68年にコンクール自体が中止となったったのだ。これは、後にわかったことだが、日本に世界の頂点の座を奪われることを主催者側が恐れたから、ということのようである。

 現在も欧州のスポーツ競技等で繰り返し行われているルールの変更のような洗礼を、セイコーはこの時代に経験しているのである。

 ただ、この時代には名作と呼ばれるモデルが数多く誕生している。その代表格が67年に発表された『44GS』。デザイン面でもセイコースタイルを確立したとされる伝説的な名品である。他の2倍の幅を持つ12時インデックスや多面カットのインデックス、そして、鏡面研磨されたガラス縁上面、ケース平面など、9つの構成要素は、現代のグランドセイコーにもしっかりと受け継がれている。

現行グランドセイコーのベースとなっている『44GS』

 同じ67年には、はじめて自動巻きムーブメントを搭載した『62GS』が登場。このモデルも「実用性の進化」というブランドの哲学を体現した傑作である。

 翌68年は10振動/秒の安定した高精度ムーブメントを搭載した『61GS』、69年には月差±1分という、とてつもない精度を誇る『45GS V.F.A』と『61GS V.F.A』をローンチしている。V.F.AとはVery Fine Adjustedのこと。ニューシャテル天文台コンクールでトップに迫った自信が、このネーミングに表れている。

月差±1分という、とてつもない精度を誇る『45GS V.F.A』
こちらも月差±1分の『61GS V.F.A』

 

グランドセイコーのブランド化

 その後も実用性を追求し歴史を重ねたグランドセイコーは、先にも述べたように2017年にブランド化された。そしてモデル自体に変化が生じたのである。それは主にデザイン面で。もちろん「最高峰の時計をつくる」という60数年前に掲げた目標に変わりはない。

 以前は厚銀放射ダイヤルという、グランドセイコーならではの特殊技術を用いて、シルクで線を引いたかのような放射模様が入ったダイヤルがGSらしいといわれていたのだが、自然を意識した模様、カラーを主流にデザインされるようになったのだ。桜を模したピンク系のダイヤルや、白樺をダイヤルに表現したものなどが好例。メカニカルやスプリングドライブといった先端技術のムーブメントと自然との調和という、これまでにないコンセプトである。

 そういえば大谷選手がWBCで日本代表として共に戦った、ラーズ・ヌートバー選手に贈ったとされるの時計も“白樺ダイヤル”といわれている。今回大谷時計として注目される2つのモデルも、ダイヤルカラーはアイボリー。どちらもGMT機能が搭載された実用的な時計であるが、クラシックなデザインで優雅さを感じるスタイルとなっている。 

大谷選手がヌートバー選手にプレゼントしたとされるグランドセイコー『SLGH005』。白樺ダイヤルのモデルである

 とはいえ、グランドセイコー自体に変わりはない。あくまでも『44GS』がベースである。受け継がれてきた歴史の上に新しい趣向を凝らされなければ、進化は続かないことを知っているからである。

 そして2020年、新たに打ち出されたのが「エボリューション9スタイル」。以前から多用していた光と陰のコントラストとともに、その中間に存在する多様なグラデーションの美しさを追求する、というデザイン文法だ。白樺ダイヤルのモデルもそのひとつ。これを進化させるのがグランドセイコーの課題でもある。

 日本らしさ、技術の追求、新しいことへの挑戦など、あらためて振り返ると、グランドセイコーと大谷選手は重なるところがあるように思える。技術の進化とスタイルの確立という、今後目指す方向性も同じだろう。凡庸な言葉だが“注目したい”、と思わせる両ブランドである。