「キリスト教界でもっとも美しい作品」と称賛されるファン・エイク兄弟による祭壇画。多くの読み解きが隠されている大作は、美術史家たちを悩ませ続けてきました。

文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)

《ヘントの祭壇画》日曜祝日面(開翼時) 1432年 油彩・板 375×520cm ヘント、聖バーフ大聖堂

統一図像を解釈して鑑賞する図像解釈学の始まり

 北方ルネサンスの作品の特徴として、何のために描かれているのか、解釈が難しい図像があります。しかし19世紀に始まった、描かれた図像の持つ意味を読み解く「図像解釈学=イコノロジー」という方法論を活用して、それらが明らかにされていきました。

 美術史学には「図像学=イコノグラフィー」という誰が見ても、いつの時代でも共通する、普遍的な約束ごとを解釈する学問があります。たとえば絵画の中に鍵を持っている人物がいると、それは聖書にイエス・キリストが天国の鍵をペテロに預けたと書かれていることからこの人物は聖ペテロだとわかるということや、「受胎告知」に描かれている百合はマリアの純潔を表す、などといったことです。

 図像学よりもさらに文献や時代の風潮を調べていって、ある時代だけ、あるいは、ある人だけに託された意味を読み解いていくのが、「図像解釈学=イコノロジー」という研究手法です。

 図像学を図像解釈学へと高める方法論を確立し、提唱したのが19世紀のアーウィン・パノフスキーというドイツ生れのアメリカの美術史学者でした。パノフスキーは初期の北方絵画を「偽装された象徴主義」と表現し、象徴的な意味を何かに偽装して描くという、一見したところわからない、隠された象徴性が重ねられていることに注目しました。

 作品の解説は後に述べるとして、ヤン・ファン・エイクの代表作《アルノルフィーニ夫妻の肖像》(1434年)という不思議な絵にも、象徴的な意味がたくさん隠されています。これらは北方ルネサンスを読み解くにはとても重要です。

《アルノルフィーニ夫妻の肖像》1434年 油彩・板 82.2×60cm ロンドン、ナショナル・ギャラリー

 19世紀に生まれた美術史学において、図像解釈学は画期的な方法論でした。当時の主流は、このパノフスキーの図像学に始まる「図像解釈学」と、様式を見る「様式論」でした。このふたつがずっと美術史の主流でしたが、20世紀になって美術史学の中心がアメリカに移り、「ニュー・アート・ヒストリー」という学問の流れが起こります。

 例えばジェンダーや社会的なものと重ねたり、精神分析で美術を読み込んだり、いろいろな学問に細分化され、分派していきました。現代ではイコノロジーで解釈したことは正しかったのか、ほんとうにそんな意味が隠されているのかなど、疑問視や反省もされています。