文・写真=のかたあきこ

薄暮の頃、宿の灯りが静寂の渓谷を照らす

藩主も愛した名湯を宿や外湯で心ゆくまで

ゴシック風建築の公衆浴場「シーボルトの湯」 写真提供=(一社)佐賀県観光連盟

 開業1周年を迎えた西九州新幹線「嬉野温泉駅」。嬉野温泉は駅から車で約15分にあり、嬉野川を挟んで大小30の温泉旅館が立ち並ぶ。江戸時代は長崎街道の宿場で賑わい、藩が営む公衆浴場があった。ドイツ人医師・シーボルトも立ち寄り、温泉成分を分析した歴史が残る。

温泉街の賑わいを忘れる静寂の一軒宿

 嬉野温泉の老舗「旅館 大正屋」の姉妹館が、これからご紹介する「椎葉山荘」である。大正屋は昭和を代表する建築家、吉村順三さんによる名建築の宿として知られ、椎葉山荘は吉村順三さんの弟子、板垣弥也さんが手がけた。椎葉山荘は温泉街から少し離れた椎葉川のほとりに立つ一軒宿だ。静寂に包まれるような山荘風の佇まいで隠れ宿の趣がある。

見渡す限りの大自然に溶け込むようにして佇む

 女将の山口雅子さんは「建築家の先生には『渓谷の自然に溶け込む宿をつくって欲しい』とお願いしました。ここは野の花や初夏の蛍、野鳥や川魚、新緑に紅葉・・・、とにかく自然が豊かです」と話す。

渓谷の緑に包まれるようなガラス張りのレストラン

 入り口は二階。ロビーでは壁一面のガラス窓から渓谷の緑や日の光が目に飛び込んでくる。館内は木のぬくもりにあふれる造りで、階下に吹き抜けのレストランがある。外廊下をめぐりながら客室へ向かうと、川のせせらぎや鳥のさえずりが優しく出迎え、草木も香り、五感が心地よく刺激されるのが分かる。

客室はすべて内風呂付きの和洋室で落ち着いた造り

 客室は椎葉川に沿って離れ形式の全20室が外廊下で結ばれている。すべて内風呂付きの和洋室で、バリアフリー、メゾネットタイプなど旅の目的で選べるのが嬉しい。湯船から滝が眺められる客室風呂もあり、夜にはライトアップの風景も楽しめる。

 

趣の異なる3つの館で湯めぐりの温泉休暇

大浴場「山の湯」に併設する露天風呂

 大浴場は川沿いにあり、併設する岩造りの露天風呂ではせせらぎをBGMにしてリフレッシュできる。ホタルの季節には湯船から愛でることも。温泉は敷地内の自家源泉から注がれ、泉質はナトリウムー炭酸水素塩・塩化物泉。とろみのある優しい肌心地の温泉は、角質化した肌を柔らかくするという美肌の湯だ。

野趣溢れる露天風呂は嬉野温泉最大級の広さ

 宿泊客は、徒歩すぐにある立ち寄り湯「しいばの湯」も無料で利用できる。こちらは渓谷に開かれたダイナミックな露天風呂が人気だ。嬉野温泉で屈指の広さを誇る湯船は開放感満点。川辺のマイナスイオンをたっぷり感じながら癒されるひととき。大正屋の風呂も無料で利用できるので湯めぐりを楽しみたい。

夕食の「椎葉会席」。大正屋特選牛をメインに、山菜や旬の地野菜、川の恵などが登場

 夕食は2カ月ごとに替わる「椎葉会席」。吹き抜けになったレストランで、和牛や近海の幸など地域食材を取り入れた料理を味わう。有田焼などの器も楽しみだ。朝食は温泉水で豆腐を煮込む嬉野温泉の名物「温泉湯どうふ」をはじめ、体に優しい和・洋のメニューがバイキングスタイルで味わえる。「うれしの茶」の産地であり、銘茶を楽しみながら体の中からリラックスできる。

涼やかな川風を感じる「しいばの湯」のテラス