文=のかたあきこ 写真=木下清隆
裸電球の鄙びた風情が秘湯旅情を誘う
乳頭温泉郷は田沢湖から車で15分の山あいにある。十和田八幡平国立公園の南端、乳頭山麓に7軒の秘湯の宿が点在し、その中で最も歴史があるのが「鶴の湯温泉」だ。創業は江戸時代、元禄14年(1701)に遡る。
秋田藩主御用達の湯治場として栄え、往事を思わせる茅葺き屋根の本陣や囲炉裏の間が残り、まるで昔話の世界に迷い込んだような風情を漂わせている。とくに冬場の、雪に埋もれる佇まいは独特の存在感を放つ。
本陣は客室として利用されている。テレビも電話もない裸電球が照らす簡素な空間だが、その非日常を楽しみたいと本陣から先に予約が埋まるという。簡素といっても、洗面とトイレは完備し、暖房がきく快適な客室だ。
夕食時は囲炉裏の自在鉤に鍋がかけられ、炉端で岩魚が焼かれる。メインは自家製味噌で仕立てる「山の芋の鍋」。火のぬくもり、炭のはぜる音や香りなど、五感で楽しませ、体がほっこり温まる。