文=のかたあきこ 写真=木下清隆
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椿の緑と海の青、全室オーシャンビューの隠れ宿
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和歌山県白浜町の最南に位置する椿温泉は、紀勢本線白浜駅からバスで20分ほど。海と山に抱かれる静かな環境に恵まれ、明治時代から湯治客に親しまれてきた。椿が群生する海岸線に立ち、斬新な佇まいで目を引く温泉旅館が「海椿葉山」だ。外観は空の青に映える紅殻色で、入り口すぐに船を思わせる建物がそびえる。
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円柱に船を載せたようなインパクトのある建物は、フロントとサロンになっている。設計を担当した建築家の竹原義二氏さんは「和船がそのまま海へ向かって降りていくようなイメージを表現したかった」という。個性的な建築は「グッドデザイン賞」をはじめ、多くの賞を受賞している。
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サロンの天井は、和船をひっくり返したようなデザインになっている。梁が幾重にも架かり、宮大工が紀州の木材で組み上げた。内壁は珪藻土と藁を組み合わせた土壁仕上げで落ち着いた印象だ。モダンなチェアを配する居心地のいい空間で、滞在中はもう一つの客室のようにゆっくり過ごせる。
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サロンから中庭に沿って回廊を進んで行くと、瓦屋根を付けた長屋の宿泊棟があり、趣の異なる客室6室が連なる。全室とも窓が大きくとられ、座椅子に座った目線の先に、水平線の海と空が広がる。ガラス戸を開け放すとテラスがあり、見渡す限りの大海原が潮騒のBGMとともに出迎える。とくに夕暮れ時は、海も空も茜色に染まりドラマチックだ。
海に浸かっているような気持ちになる美肌湯の大浴場
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男女別の大浴場は敷地の奥、断崖の地に造られ、まるで海に浸かっているような気持ちで入浴できる。とろりとした質感のある温泉は、pH9.9を示す高アルカリ性の単純硫黄泉。美肌の湯と評判で、湯上りは肌がツルツルになる。源泉そのままの冷泉の湯船と加温した温泉の湯船を用意。ぬる湯と熱湯を交互に入浴すれば、血行がよくなり代謝が高まる。
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食事は夕食・朝食とも客室でゆっくり味わえる。夕食は例えば、イサキの唐揚げ、白身魚のソテー、冷製スープをはじめ、土地の味覚を盛り込んだ彩り豊かな季節の料理。オーナーの伊谷秀夫さんが、近海の幸や地元の野菜を使って丁寧に調理し提供する。
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チェックアウトまでのんびりと過ごしながら温泉休暇を楽しむ。連泊のリピーターが多いのも頷ける。伊谷さんは「私は湯治宿の二代目として育ちましたが、一新したこの建物で過ごすようになって、故郷の美しさに気づきました」と話す。
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目の前の自然をいかにさりげなく、いかに豊かにみせるか。建築家は何度もこの地に通って設計したそうだ。土地の美しさを上手に空間に取り込む。そうして生まれた宿が、旅人にとっても癒しの場所になるのはとても素敵なことだ。