文=松原孝臣 

2023年5月2日、村元哉中、高橋大輔の引退会見にて 写真=長田洋平/アフロスポーツ

今年2月の四大陸選手権後に決意

 思えば、足早に過ぎたようでもあり、そしてどこまでも密度の高い時間であった。

 アイスダンスの村元哉中と高橋大輔が引退を発表した。

 今年2月の四大陸選手権後、高橋が村元に告げたと言う。そして村元も一緒に引退することを決めたと語る。

 高橋が引退を決意した最大の要因は右膝にあった。ときに朝起きて動けなかったり、氷の上に乗ってみて、でも練習を断念せざるを得なかったりしたことを会見では明かしている。

 シングル時代の2008年に大怪我を負い、手術と懸命のリハビリを経て復帰。2010年のバンクーバー五輪で銅メダル、同年の世界選手権で金メダルを獲得するなど鮮やかな復活を見せた。その後、再び状態が悪化した影響もあって引退。2018年にシングルで復帰、さらにアイスダンスに挑戦。そして今、引退を発表した。

 闘い抜いたと言ってもよい3シーズンに、2人が多くのものを残した。

 村元と高橋がカップルを結成しアイスダンスに取り組むことを表明したのは2019年のこと。平昌オリンピックののち、クリス・リードとのカップルを解消していた村元もさることながら、ひときわ注目を集めたのは高橋だった。シングルであれだけの結果を残した選手がアイスダンスに転向したケースは皆無。しかも33歳にしての挑戦は反響を呼んだ。

 2人のデビュー戦は2020-2021シーズンのNHK杯。以来、国内外の大会に出場し、2022-2023シーズンは全日本選手権初優勝、世界選手権で日本史上最高タイの11位に入るなど飛躍を遂げた。

 成績ばかりでは2人の真価を捉えられない。

 3シーズンで創り上げたプログラムは競技用に5つ、エキシビションに2つ。そのどれもが強い存在感を放った。

 例えば、2021-2022シーズンのリズムダンス『ソーラン節&琴』。

 例えば、2022-2023シーズンの『コンガ』。2人の競技人生を締めくくった『オペラ座の怪人』。

 さまざまな方向性に広がる創造性豊かな作品を世に送り出してきた。時間をかけて形となり、シーズンを過ごす中で磨きをかけてきた。アイスダンスの世界で新たな魅力を放つ作品を次々に誕生させたことも功績と言ってよい。

 村元は言う。

「もちろん競技としては結果を残していくことが大事なんですけど、1つの作品を、記憶に残る演技をするという思いが私の中ですごい強かったです。それがすごい一致して『あっそうだよね』となって、いかにお客さんに、世界に感動を与えることが大事かというのを感じられたので、3年間で見せることの大切さを、めちゃくちゃ教わりました」

 表現を希求する点でも2人は等しい思いを抱き、また高橋から学ぶことが多かったという。そんな2人の集大成が世界選手権の、世界国別対抗戦での『オペラ座の怪人』であった。世界国別対抗戦を振り返り、高橋はこう語った。

「名前を呼ばれるまで滑ってるじゃないですか。そのときに『この景色をもう見ることはないんだ』ってすごい実感して、今までにないぐらいゆっくり会場を見回して、これを目に焼き付けとかなきゃ、みたいな感じで試合に挑んだのは初めてでした。そのときにほんとうに皆さんがあったかい空気を作ってくださって、『頑張るか』みたいな感じで挑めて、結果、ほんとうにすごくいい演技ができて、ガッツポーズもあまりしないんですけど、ガッツポーズもできて。ほんとうにやりたいことを全部できた試合になりました」