ナム・ジュン・パイクはビデオアートの父とされる稀代の芸術家である。韓国・京城(現在のソウル)に生まれ、香港、日本に移住し東京大学で音楽美学を学んだあとドイツに渡り、ケルン近郊のヴッパータールという街で1963年にビデオアートの制作を始めた。その後、アメリカに移住してアメリカ国籍を取得し、ニューヨークを拠点として活動を続けた。
坂本とパイクといえば、人工衛星を使って東京、ソウル、ニューヨーク、パリを繋いだ『バイバイキプリング』という90分にわたる祝祭的パフォーマンスがある。デザイナーの三宅一生や建築家の磯崎新も出演したが、どちらもわずか数分。ところが坂本は随所に何度も出ていて、パイクとの関係の親密さを物語っている。
そうなったのも不思議ではない。なぜなら2人はドイツの現代音楽家シェーンベルクに強い関心をもっていたからだ。坂本は「四手のための6つの小品」を録音しており、シェーンベルクの作曲技法を解説してもいる。パイクは東大での卒業論文が「シェーンベルク研究」である。
2人がいつ頃知り合ったのかまでは定かではないが、『All Star Video with Ryuichi Sakamoto』という1984年に発表されたパイク監修のビデオアートがある。ここでは、坂本が同年に発表した『Paradise Lost』が用いられているほか、30分ほどの上映時間の間に坂本の姿が随所に現れる。全般的な作風はバイオリンを壊したり戦争の映像と思しきものが流れたり、あるいはセクシーだったりと、いかにもパイクらしい。