文=水谷伸吉

一般社団法人more trees(モア・トゥリーズ)は、加速する森林破壊と地球温暖化の危機的状況に行動を起こすべく、14年前に設立された森林保全団体。その事務局長をつとめる水谷伸吉さんによる連載では、「森と人がずっとともに生きる社会」を目指したさまざまな取り組みを紹介します。

 

都市と森をつなぐ

 2007年7月、都内のホテル内にあるイタリアンレストレランで、僕は教授と待ち合わせをしていた。教授とは、言わずとしれた世界の教授、音楽家の坂本龍一だ。音楽関係の仕事をしているわけでも、タレント事務所の者でもない。当時、僕はインドネシアで植林事業をしているNPOで働いていた、イチ団体職員だった。

 それまでも教授が森林の保全団体を立ち上げようとしているという話は知り合いを通じて聞いており、森林に関するデータや資料を送ることもあった。それが、「実際に話を聞いてみたいので会ってほしい」とオファーがあり、会うことになったのだ。

森林火災や開発によって、世界では2秒間にサッカー場1面分の森林が失われているといわれている(写真はインドネシアにおける森林火災)

 その夏、元アメリカ副大統領のアル・ゴアが中心となり、「ライブ・アース」という地球温暖化防止を訴えるチャリティコンサートが世界7都市で開かれていた。

 日本では千葉と京都で行われ、「Yellow Magic Orchestra」として参加するため来日していた教授は、京都の東寺でライブを終えた後だった。

「本物だ……」

 緊張でこわばる心を解きほぐすかのように、教授みずからさっと握手を求めてきてくれた。初めて会ったときの印象についてはいまでもよく聞かれるが、偉ぶる素振りは微塵もなく、むしろ腰の低さに驚いたくらいだ。

 そして、僕のような20歳以上も年下相手に真摯に話を聞いてくれた。年齢やジェンダーを問わず相手をリスペクトするという教授の姿勢はいまでもまったく変わらない。

「森林は温暖化にどのくらい寄与できるものですか?」

「いま世界の森林はどういう状況ですか?」

 1時間半ほどだっただろうか。プライベートな話や雑談は一切せず、森林にまつわる問題についていくつか質問を受けた。教授はときおり左手でメモを取りながら、とにかく熱心に知ろうとしてくれた。

 ひとつだけ、森林について少しだけ玄人だった僕なりのアドバイスとして、「坂本さんが森林保全の活動をするなら、グローバルな視点で“ハブ”として機能していくべきだ」と進言させてもらった。

 インドネシアの植林事業に携わっていた僕は、やりがいと同時に歯がゆさも感じていた。熱帯雨林の減少、中国の砂漠化、干ばつや森林火災など、世界規模で森林問題は山積している。日本の森林にいたっても、間伐や人手不足の問題など、やるべきことはたくさんあった。

 翌日、「あなたのモチベーションが許すのであれば、ぜひmore treesの事務局長になっていただけませんか」とメールをいただいた。いま考えても当時29歳の若造だった僕に組織を任せようとしてくれた教授はすごいと思う。

 それから14年。教授といっしょに思い描いた未来は、いま実現できているのだろうか。

 僕らが目指しているのは、人と森林の共存だ。

 more treesのサイトに掲示した教授のメッセージにあるように、人類の歴史は森とともにある。

森林伐採は熱帯地域を中心に依然として進んでいる

 古代ギリシャでは森林の減少により、アテネやスパルタといった都市国家の衰退を招いたといわれているし、イースター島でも森林の減少が進んだことで、モアイに代表される巨石文化が消滅した。過去に滅んだ文明と森林の減少は密接な関係があるのだ。

 ここ数年だけみても、地球規模での森林破壊は確実に進んでいる。このまま過去の文明と同じ末路をたどり、人類はおろか地球全体が滅びてしまうのだろうか。

 SDGsに奇しくもコロナ禍からのグリーンリカバリーが追い風となり、今年は問い合わせが急増している。

 果たして僕らが思い描いた未来への光明となるのか。

 この連載を通じて、森とともに未来のために僕らにできることは何か、考えるきっかけづくりをしていきたい。