文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ

 ここ数年、その動向から目が離せないサウス・ロンドンの音楽シーン。キング・クルールがデビュー・アルバム『6 Feet Beneath The Moon』を発表した2013年あたりから話題になりはじめ、ジョルジャ・スミスが2016年にシングル・デビュー。この年にはコスモ・パイクもデビューEPをリリースしている。

 2018年にはゴート・ガール、シェイムといったオルタナティヴ、インディ・ロックのバンドが登場、同年にはトム・ミッシュがデビュー・アルバム『Geography』を発表し、またジャイルス・ピーターソンが主宰するレーベル〈Brownswood Recordings〉からはサウス・ロンドンのジャズ~クロスオーバー・シーンの新進アーティストの作品をコンパイルしたアルバム『We Out Here』がリリースされるなど、この界隈の豊かな音楽的土壌は多くの人の知るところとなった。

サウス・ロンドン・エリアの音楽コミュニティ

 『We Out Here』に収録されているアーティストをざっと挙げると、マイシャ、エズラ・コレクティヴ、モーゼス・ボイド、テオン・クロス、ヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングス、トライフォース、ジョー・アーモン=ジョーンズ、ココロコ。アルバム全体の音楽ディレクターはシャバカ・ハッチングスが務めている。

 たとえば、マイシャの「Inside The Acorn」にシャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアが、テオン・クロスの「Brockley」にはモーゼス・ボイド、ヌバイア・ガルシアが参加というような具合に、それぞれの楽曲で互いに演奏しあったりしており、アルバム全体があたかもひとつのコレクティヴ、コミュニティで成り立っているような面持ちだが、実際、彼、彼女たちは近しい関係性のなかで互いに影響を与えつつ音楽に勤しんでいるという。

〈Warp〉との電撃契約が話題になったアーティスト

 このように2010年代以降、活況を呈しているサウス・ロンドン・エリア発の音楽シーンだが、そこから登場した新たな才能に注目が集まりつつある。

 ウー・ルー(Wu-Lu)という名のアーティストである。ウー・ルーは2021年11月にエレクトロニック・ミュージックをはじめ先進的な音楽をリリースするイギリスのレーベル〈Warp〉と契約を結んだことが大きな話題となったボーカリスト、マルチ楽器奏者、プロデューサー。本名はマイケル・ロマンス・ホップクラフトといい、出身はブリクストンである。

 父親がトランペット奏者だったこともあり、10代前半からトランペットに触れ、演奏をするようになり、やがてトリップホップ、ダブ・ステップ、ヒップホップ、ジャングルといった音楽とDJカルチャーに興味を持ち、またスケート・カルチャーを通じてグランジやメタルといったロックにも親しんだ。

 Soundcloudへの音源アップロードやセルフ・リリースを経て、2019年には〈The Vinyl Factory〉から限定EP『S.U.F.O.S』をウー・ルー名義でリリース。ウー・ルーのセルフ・プロデュースによるこのEPにはブラック・ミディのドラマー、モーガン・シンプソンや先にも名前を挙げているサックス奏者のヌバイア・ガルシアが参加しているが、もともと親交があったなかでのコラボレーションということで、このあたりは現在のサウス・ロンドンのシーンを象徴しているといえるだろう。

デビュー・アルバムから発せられるサウス・ロンドンの今

 2022年7月に〈Warp〉からリリースされたデビュー・アルバム『Loggerhead』は、音楽的要素としてはヒップホップ、ダブ、ジャズ、ポスト・パンク、グランジ、オルタナティヴ・ロックなどが渾然一体となった印象の作品だ。

 全体を貫くヒリヒリとした切迫感は、自身のホームであるブリクストンをはじめとするサウス・ロンドンの現状、そしてそこでの生活から彼が感じていることが込められているからで、実際に収録曲では貧困、差別、開発による地域の変化、家族のあり方などを歌詞として取り上げている。

 ご存じの方も多いと思うが、サウス・ロンドン・エリアはもともとカリブ系を筆頭にアフリカ系の人々が多数暮らしていた地域。ウー・ルーの父は白人、母は黒人であるが、そうした出自の彼から、前述のような問題意識が芽生えるのは自然なことだろう。

 かつてのこの地域は治安が悪く、それゆえ賃料が安かった。そこに目をつけてさまざまな分野の若いアーティストたちが部屋を借りるようになり、パンクの精神性のひとつであるD. I. Y.でもって自分たちの居場所や文化的連帯を作りあげていったのが近年のサウス・ロンドンの下地であるわけだが、最近ではそんな文化的豊かさを嗅ぎつけたディベロッパーによる再開発が激しく、賃料も高騰しているという。

 そうした状況で、D. I. Y.で作りあげてきたコミュニティやカルチャーが揺らぎ、同時に長らく解消されない人種差別問題や貧困問題が今でも存在するなかでの憤りがウー・ルーの作品からはひしひしと感じられるのである。

デザイナー、ニコラス・デイリーのコレクションでも演奏

 こうした音楽を展開するウー・ルーのいでたちはというと、取り立てて着飾ったようなものではなく、スポーツ・ブランドやワーク、アウトドア風のアイテムをごく自然に身につけている印象だ。地元や自身の生活と地続きの音楽表現をするうえで、きれいにスタイリングされた今風の装いはまるで必要がないのである。

 ところで、ウー・ルーとファッションに関連した話題だと、彼はロンドンをベースにするファッション・デザイナー、ニコラス・デイリーの2020年秋冬と2022年秋冬コレクションのプレゼンテーションで演奏を披露している。

 ニコラス・デイリーはジャマイカ系の父とスコットランド人の母を持つデザイナー。彼の両親はスコットランド初のレゲエ・パーティー「THE REGGAE KLUB」を主宰して、スコットランドにレゲエを浸透させた人物で、そんなところから音楽は彼にとって欠くべからざるものになっていった。

 ジャマイカ系の血を引くという自身のアイデンティティをファッションとして表現するにあたり、音楽は必須。最初のコレクション(でありセント・マーチンズの卒業コレクション)では、ロンドンのパンクスにレゲエとダブを叩き込んだDJであり映像作家、ドン・レッツがランウェイに登場していることからも、ニコラスの音楽とファッションへのスタンスや愛情が伝わるのではないだろうか。

 そんなニコラスのコレクションは、ライブ・パフォーマンスなどの音楽表現が必ずといっていいほどあり、これまでシャバカ・ハッチングス、アルファ・ミスト、ユセフ・デイズ、ロッコ・パラディーノ、コスモ・パイク、オボンジェイヤー、プーマ・ブルー、サンズ・オブ・ケメット(シャバカ・ハッチングスらのグループ)、そしてウー・ルーなどがニコラスの服をまとって演奏を披露している。

 先に挙げたアーティストやバンドとニコラスのコラボレーションは、もともとあった彼ら同士のつながりから派生したもので、それが実にサウス・ロンドン的でいい。それだからか、イギリス、スコットランドの伝統的な素材や技法、そして自身のアイデンティティとも関係するブラック・カルチャーを結びつけたニコラスのウエアがアーティストたちに実にすんなりとハマっているのである。

 わたしがウー・ルーの存在を知ったのも、実はこのニコラス・デイリーのコレクションからだった。個人的にも多少交流があり、信頼しているニコラスがピックアップするアーティストだから間違いないだろう、そう思って聴いてみたところ、すっかりやられてしまったのである。

 美辞麗句を並べただけの表層的なガイドブックやインターネットの記事からではわからないサウス・ロンドンの現状を音楽で我々に伝えてくれるウー・ルー。その楽曲を聴いてどう感じるか––––あるいは感じないか––––は聴き手次第ではあるが、今の日本を考えるうえでひとつのきっかけになってくれそうな気はする。そして、このアルバムを通じて、現代社会におけるポピュラー・ミュージックの役割についても思いを巡らすことができるのではないだろうか。