文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ
「まさか、2021年に新作を聴くことになるとは」。
今年9月、アバが40年ぶりに復活し、11月にアルバム『Voyage』をリリース、2022年5月にはロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パークに設営の「ABBAアリーナ」で最新テクノロジーを駆使したコンサート(デジタルに再現されたアバがステージ上でパフォーマンスする)を行うというニュースを聞いての私の感想はこのようなものだった。なにしろ自分にとって、アバは「ダンシング・クイーン」で記憶が止まっており、名前を聞くのも久方ぶりだったわけで、ただただ驚いてしまったのだ。
「ダンシング・クイーン」で世界的に大ブレイク
改めてアバについての概略を記しておくと、ビヨルン・ウルヴァース(ギター)、ベニー・アンダーソン(ピアノ)、アグネタ・フォルツコグ、フリーダ(アンニ・フリード)・リングスタッド(ともにボーカル)の4名からなるスウェーデンのグループ。活動歴としては1970年代初頭にさかのぼるが、各メンバーの頭文字をとったグループ名”ABBA”として活動を開始するのは1974年のことである。同年、イギリス・ブライトンで開催された「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」にスウェーデン代表として参加、「恋のウォータールー」でグランプリを獲得し、一躍注目の的となった。
1976年リリースの「ダンシング・クイーン」は初の全米ナンバーワン・ヒットとなり、人気は最高潮。1980年には初来日公演も実現した。アルバム『ザ・ヴィジターズ』(1981)を発表後、1982年に活動を停止し、実質的に解散状態となったが、1992年にリリースされたベスト・アルバム『アバ・ゴールド』はイギリスで16週連続1位を獲得、アメリカでは104週連続で全米アルバム・チャートにチャート・インと、根強い人気を誇るグループである。
曲を牽引する美しいメロディとハーモニー
先に述べたように「ダンシング・クイーン」は1976年リリースの曲だが、この頃はいわゆる「ディスコ・エラ」の真っ只中。そんな時代のムードもあって、この曲のタイトルや歌詞からは、きらびやかなディスコのイメージが伝わってくるし、おそらくヒットの要因の一つは、共感しやすい歌詞であったと考えてよさそうである。一方で曲そのものを考えたとき、際立つのは覚えやすいメロディとボーカルのハーモニーであり、直球のディスコ・サウンド──とりわけブラックミュージックにおけるディスコ──とは一線を画する。具体的にいえば、ブラックミュージックのディスコ・サウンドには欠かせないベースとドラムが生み出す重心の低いグルーヴは「ダンシング・クイーン」からはあまり感じることはなく、それよりも、より軽やかで流れるようなメロディ・ラインが曲を牽引している印象だ。
ごく大ざっぱにいえば、当時のアメリカ産ディスコとイギリス以外のヨーロッパ産ディスコにもこうした傾向──ヨーロッパものの方が総じてメロディアスで甘美なムード──はあてはまるのだが、アバのこの曲はその代表格といえるだろう。逆にいえば、黒人ディスコのシリアス・ダンスミュージック、アンダーグラウンド・クラブミュージックとしての側面を打ち出さなかったがゆえにポピュラリティを獲得したということではないかとも思うがいかがだろうか。
きらびやかでスペーシーな衣装の70年代
「ダンシング・クイーン」のオフィシャル・ミュージックビデオを観ると、アバの面々はヴェルヴェットでできた衣装に身を包んでステージで演奏している。ライティング映えするヴェルヴェットは夜向きのテキスタイル。この曲の内容とマッチしたスタイリングである。いうまでもなくアバはディスコを全面的に志向していたわけではなく、楽曲のバリエーションも豊富なのだが、衣装としてはグリッターなものを着用していることが少なくなかった。その点では現在の我々のファッションに取り入れられる要素はほとんどない。しかしながらこうした衣装の傾向を時代に照らしてみるとなかなか興味深いのではないだろうか。『サタデー・ナイト・フィーバー』の例を持ち出すまでもなく、ディスコは日常の過酷な労働や辛い環境を一時的とはいえ忘れさせてくれるパラダイス、非現実空間。そんなイメージを踏襲した衣装を着るミュージシャンやグループは1970年代にはかなり多かった印象がある。非現実ということで、衣装にはきらびやかなだけでなくどこかスペイシーな要素が加わることもあったのだが、このたび復活したアバのビジュアルやアルバム・ジャケットのアートワークにも、そうした宇宙風味が感じられるところは面白いと思う。
ブランクを感じさせない曲、歌声
最後にアルバム『Voyage』について触れておくと、「I Still Have Faith In You」と「Ode To Freedom」という壮大なイメージの二曲をそれぞれ冒頭とラストに配し、あいだにダンサブルなナンバー、穏やかで心なごむ曲、ご機嫌なロックなどを収めた、色彩豊かな仕上がりである。往年のアバを彷彿させる美しいメロディは本作でも健在で、昔からのファンも納得の出来栄えではないかと思う。それにしてもボーカルの二人の声にまるで衰えた様子がないのには驚かざるを得ない。
世界主要国18カ国でアルバム・チャート初登場第1位を獲得、リード曲「I Still Have Faith In You」が第64回グラミー賞最優秀レコード賞にノミネート(グラミー賞ノミネートはグループ結成以来初)と、40年のブランクを感じさせない活躍ぶりを示すアバ。しばらくは話題に事欠かなそうだ。