文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ

 いきなり私ごとで恐縮だが、私は幼稚園、高校、大学とキリスト教の学校に通っていた。幼稚園の頃は、聖書の場面を工作で設えたりして、卒園の記念には新約聖書をもらった。高校は週に2回、礼拝の時間があって、また聖書の授業もあった(当然ながらテストもある)。付属高校からそのまま進学した大学──正確にいうと100%進学できる付属ではなく、移行試験があった──では、高校のような頻度での礼拝はなかったが、キリスト教概説とキリスト教専門の単位を取得しないと卒業できないということもあり、なんだかんだでキリスト教に触れる機会は多かった。プロテスタントの学校なので、校内のチャペルはステンドグラスもなく質素な内観だったが、パイプオルガンは実に立派なものが備わっていたのをよく覚えている。こうした経緯もあり、私にとってキリスト教は比較的身近な信仰なのである。

 日本では「困った時の神頼み」などということもあるが、他国においてはどちらかといえば日常に信仰が溶け込んでいる方が一般的なように思う。日々の祈りや礼拝はもとより、キリスト教でいえば神の御言葉や教えを伝えるものとして、ゴスペルやコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(ホワイト・ゴスペルとも)といった音楽がポピュラーミュージックの中でその役割を果たしている。

 

伝説のチャーチ・コンサートを収めた映像作品

 さて、前置きが長くなったが、アレサ・フランクリンである。1942年、メンフィスで生まれ、デトロイトで育った、言わずと知れた「ソウルの女王」アレサ・フランクリン。残念ながら2018年8月に逝去したアレサ・フランクリンをなぜ今取り上げるかといえば、映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』が公開の運びとなったからだ(5月28日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー)。この作品は、1972年1月にロサンゼルスの「ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会」で2夜にわたって行われたアレサ・フランクリンのゴスペル・ライブの模様を収めたもの。同年、『至上の愛──チャーチ・コンサート──』(原題:Amazing Grace)のタイトルで2枚組LPとしてリリースされたアルバムの映像版である。当初はアルバム発売の翌年に公開予定だったが、映像と音をシンクロさせられないことがわかりお蔵入りになっていた。この映像を、現代の技術を駆使して完成させたのが『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』だ。ちなみに撮影はのちに『愛と哀しみの果て』(1985年)でアカデミー賞を受賞するシドニー・ポラックが担当している。

 アルバムを聴いたことがある方はお分かりだろうが、ここでのアレサの歌唱は鳥肌もの。コーネル・デュプリー、チャック・レイニー、バーナード・パーディ、ケン・ラッパー、パンチョ・モラレスによるグルーヴィーな演奏も最高だし、聖歌隊「サザン・カリフォルニア・コミュニティ・クワイア」の真摯かつノリノリなパフォーマンスも素晴らしいものだ。そんな伝説的なコンサートを映像で楽しむことができるのは嬉しい限りである。

 

神の教えを説く人のごとき佇まい

 コンサート初日のアレサ・フランクリンの出で立ちは、ストンとしたシルエットの白いドレス。首元や肩周りにあしらわれたスパンコールのような装飾と、やや大ぶりなイヤリングが控えめな華やかさを添えている。第2夜(この日の観客の中にはミック・ジャガーとチャーリー・ワッツの姿も)は白地に明るいグリーンのペイズリー柄のアンサンブルだが、生地をたっぷりと使った共布のケープが法衣のようなシルエットを描いている。首元にはゴールドのネックレスを重ね着けしており、2日目の方が70年代らしい雰囲気だ。両日とも、アレサは主に祭壇に立って歌っているのだが、その姿はまさしく神の教えを説く人であり、’God Spell’すなわち「福音」というゴスペルの本来的な意味を思い出さないわけにはいかない。

ゴスペルとソウル・ミュージック、ディスコ

 ところで、ゴスペルに根ざしたソウル・ミュージックは、コンサートで生演奏を体験するほか、ラジオ、テレビなどのメディアを通じて、あるいはレコードを買って聴くといった家でのリスニングに加えて、ディスコ、クラブ・ミュージックとしても重要な役割を果たしていた。とりわけ、黒人がメインの客層(その中には性的マイノリティも含まれている)のディスコでプレイされていた曲には、ゴスペルの影響下にあるソウルはもちろん、ゴスペルそのものもあった。教会だけでなく、日頃の抑圧から解放してくれるディスコにおいても、ゴスペルは人々の心を癒し、力づけ、高揚感を与えていたのだ。

 

真のゴスペル・シンガー、アレサ・フランクリン

 折々のトレンドや進化するテクノロジーの影響により、音楽の表層的な部分やファッションといった「外面」の変化はあるものの、アレサ・フランクリンは常に信仰とともにあるゴスペル・シンガーだったといっていいだろう。このコンサート・フィルムでは、そんな彼女の核心部分をあますところなく観ることができる。観客の個性的なファッションや生き生きとした表情も注目だ。なお、映画公開に合わせて、アルバム『至上の愛──チャーチ・コンサート──』の完全版が2枚組CDとして発売されている。オリジナルLPは14曲収録だったが、こちらのCDは全27曲で、コンサートの模様がフルで収められている。映画の余韻に浸ったり、劇場に足を運ぶ前に気持ちを高めたりするにはもってこいのリリースではないだろうか。