文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ

 さる6月26日に3作目のアルバム『Mordechai』をリリースした、アメリカ・テキサス州ヒューストンのトリオ、クルアンビン(Khruangbin)。イギリス・ブライトン出身の音楽家、プロデューサー、DJのボノボが、人気コンピレーション・シリーズ『Late Night Tales』の選曲を担当した際に、当時まだアンリリースだったクルアンビンの「A Calf Born In Winter」をピックアップして耳の早いリスナーのあいだで話題となった。これが2013年のことである。同曲は翌年、4曲入りEPとしてリリースされ、これに続いてEP『The Infamous Bill』(2014)が発売されたが、クルアンビンがさらに注目を集めることになったのは、2015年の「レコード・ストア・デイ」にリリースされたEP『History Of Flight』ではないだろうか。このEPでは、タイのバンドTeun-Jai Praraksaの「Ha Fang Kheng Ken」、エンニオ・モリコーネ「Il Clan Dei Sicilian」(1969年の映画『シシリアン』のテーマ曲)、YMO「Fire Clacker」(原曲はマーティン・デニー)、セルジュ・ゲンスブール「La Javanaise」という4曲をカバー。元曲のポピュラーさも手伝って人気を博した。

 

タイ産の古いロックやファンクに影響されて

 クルアンビンがトリオ編成ということは先に述べたが、ここでメンバーについて少し触れておくと、ローラ・リー(ベース)、マーク・スピアー(ギター)、ドナルド “DJ” ジョンソン(ドラムス)からなるバンドである。2009年の夏にマークがローラにベース演奏を教え、二人は2010年には先のボノボのアメリカ・ツアーのサポートを務めることとなる。これがきっかけで、マークとローラはヒューストンから車で1時間半ほどのバートンにある小屋でジャム・セッション的に自分たちの音楽を模索しはじめ、またマークとドナルドがもともと同じゴスペル・バンドのメンバーだったこともあって、ほどなくして三人で活動するようになった。

 彼らはバートンに向かう車中で様々なタイプの音楽を聴いたというが、その中でもっとも影響を受けたのは1960年代、70年代のタイ産のロックやファンクだった(こうした音源はカセットテープでの流通が多いので、彼らもカセットで聴いていた)。クルアンビンというバンド名もタイ語で、これは「飛ぶエンジン」すなわち飛行機のことである。ところで、タイではギター・インストゥルメンタル音楽を「シャドウ」もしくは「シャドウ・ミュージック」と称することがあるが、これは1950年代にアメリカのロックンロールをいち早く取り入れたイギリスのギター・インストゥルメンタル・グループ、ザ・シャドウズに由来している。このバンド、ビートルズのようにアメリカでは成功しなかったものの、ほかの国では絶大な人気で、各国でそれをまねたバンドも多数あったのだそうだ。つまり、クルアンビンの面々が車中で聴いていた音楽も「シャドウ」と重なるところが大きいのだが、アメリカのロックンロールがイギリスに渡り、それが東南アジアでフォロワーを生んで、何十年もあとになってアメリカのバンドが影響を受けるというのはとても興味深い話ではないだろうか。

 

セカンド・アルバムではイラン音楽も

 2015年のファースト・アルバム『The Universe Smiles Upon You』は、彼らが影響を受けたオールド・タイ・ファンク/ロックの持つサイケデリック感、エキゾティシズムを軸に、チルなムードを添えた内容のインストゥルメンタル作品。それまでの活動の集大成といった面持ちのこのデビュー・アルバムをリリースしたのち、クルアンビンはグラストンベリーやSXSWといった音楽フェスティバルをはじめ、世界各国でライブを行い、2018年にはセカンド・アルバム『Com Todo El Mundo』を発表した。『Com Todo El Mundo』では、タイ・ファンクやタイ・ロックからの影響に加えて、中東、とりわけイランの知られざるファンクやソウル・ミュージックからインスピレーションを得た楽曲も多いのだが、ここでいうイランのそれは、イラン革命以前に存在していた、欧米のポップ・ミュージックとイランの伝統的な音楽が混ざり合った楽曲のことである。

超満員だったクラブクアトロ公演

 2019年には『Com Todo El Mundo』をドープにダブ・ミックスした『Hasta El Cielo』を発表した彼らだが、その間も各国をめぐるツアーは継続された。この年の3月の来日公演(渋谷・クラブクアトロ)は即ソールドアウトの超満員で、これまでリリースしてきた楽曲のほか、ア・トライブ・コールド・クエストらの曲をインストで一気に聴かせる「ヒップホップ・メドレー」も披露され、会場は湧きに湧いたのをよく憶えている。様々な国に固有の音楽に想を得ている彼らは、アメリカのストリートから生まれたヒップホップからの影響も同様に受けているのである。今年に入ってからは同郷のシンガー、リオン・ブリッジズとのコラボレーション作『Texas Sun』を発表。そして6月に最新アルバム『Mordechai』のリリースとあいなった。

 

ボーカルを取り入れてもブレないサウンド

 『Mordechai』の最大の特徴は、収録曲のほとんどがボーカル曲である点、そして歌われる歌詞が英語だけでなく多言語である点であろう。サウンド面は、これまでのスタイルにツアーで訪れた韓国や西アフリカ、パキスタンの音楽要素も加えてアップデートされている。一貫してタイトなドナルドのドラムスと、手数こそ控えめだがグルーヴ感のあるローラのベース、そしてそのリズム隊が作った空間を漂うマークのギターおよびローラを中心としたボーカル。曲によってはパーカッションやキーボードなども導入し、それぞれの楽曲が持つ世界観をしっかりとリスナーに伝えてくれる。地理的なエキゾティシズム、そして時間的エキゾティシズムとでもいうべき不思議なノスタルジーをたたえたクルアンビンの音楽は、バンド名である飛行機にとどまらず、タイムマシンのようなところもあって実にユニークなのだ。

 

グルーバルであり、ローカルな視点

 ユニークといえば、三人のいでたちもなかなか個性的である。目が隠れる位置で前髪を揃えたロングヘアのマークは、グリッターな細身のスーツやレザーパンツ、ジオメトリック・パターンのシャツといった印象。ローラはアニマル柄のキャットスーツやサイケデリックな柄のドレス、ワンピースなど、華やかでクセの強いアイテムを身につけていることが多い。ドナルドはチェックシャツやアロハ風シャツ、Tシャツといった比較的オーソドックスな服を着ていることが多いが、ネイティブ・アメリカンを思わせるパターンのポンチョ的なプルオーバーを羽織ったり、カウボーイ風のウエスタンブーツを履いていることもある。こうしてみると、ローラとマークが60年代のスペース・エイジ的なムードであることと併せて、テキサスの歴史––––インディアン、放牧や牧畜、宇宙航空産業––––を踏まえているようにも思えるがいかがだろうか。世界中を飛び回るコスモポリタンというだけでなく、自国であるアメリカ、地元のテキサスにもしっかりと目を向けている。そんなクルアンビンの姿勢は、音楽からもファッションからも感じられるように思うのだ。