文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ

 サンダーキャットことステファン・ブルーナーはロサンゼルス出身のベーシスト、音楽プロデューサー。1984年生まれなので現在30代半ばである。音楽一家に生まれ、子どもの頃にベースを始めて、16歳の時にスラッシュメタル・バンドのスイサイダル・テンデンシーズに加入。バンドと並行してエリカ・バドゥやフライング・ロータスのサポートメンバーを務める一方で、ソロとしての活動も行い、2011年『The Golden Age Of Apocalypse』でアルバム・デビューを果たした。日本での知名度がぐっと上がったきっかけは、2017年2月にリリースしたアルバム『DRUNK』と同年のフジロックフェスティバル出演ではないかと思う。『DRUNK』には、ボーカルにファレル・ウィリアムス、マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンスをフィーチャーした楽曲が収録され、現行の音楽好きから70、80年代に熱心に音楽を聴いていた世代まで、幅広い層の注目を集めた。このアルバムを引っさげて行われた4月の単独ジャパンツアーは即時ソールドアウト。フジロックフェスティバルでは最終日の「フィールド・オブ・ヘブン」のトリを務めた。

 

真にクロスオーバーなアメリカ西海岸の音楽シーン

 サンダーキャットについて話を進める前に、彼が生まれ、そして活動の拠点にしているアメリカ西海岸のここ10年ほどの音楽シーンについて、少しだけ説明しておきたい。端的にいってしまうと、ヒップホップやビート・ミュージック、エレクトロニック・ミュージックやジャズが接近し、かつてのようなジャンル分けが当てはまらない、クロスオーバーな内容のものが多くなっている。その中枢を担っているのが〈BRAINFEEDER〉というレーベルである。2008年、プロデューサーでアーティストのフライング・ロータスが設立した〈BRAINFEEDER〉は、レーベル発足当初はフライング・ロータス周辺のアーティストの作品を発表し、現在ではスタート時のコミュニティ感はそのままに、ラインナップの幅を広げている。大手レコード会社の傘下ではないインディペンデント・レーベルであるが、この10数年で世界の音楽シーンにおいてますます存在感を増しているのである。ちなみにサンダーキャットの作品はこの〈BRAINFEEDER〉からリリースされている。

 

超絶技巧とロマンティックなメロディ

 ファースト・アルバム『The Golden Age Of Apocalypse』はフライング・ロータスがプロデュースを担当。カマシ・ワシントン(サックス)やクリス・デイヴ(ドラムス)といった現在のジャズ・シーンを代表するミュージシャン、レーベルにゆかりのあるドリアン・コンセプト、オースティン・ペラルタ(ともにキーボード)、実兄のロナルド・ブルーナー・ジュニア(ドラムス)、そしてエリカ・バドゥも参加している。高速のビートにのって繰り出される6弦ベースの超絶フレーズの数々、ロマンティックなメロディ、軽やかなボーカルと、以後の作品に特徴的な音楽要素は、このデビュー作で早くも提示されているといえよう。続く『Apocalypse』(2013)もフライング・ロータスとの共同作業により完成したアルバム。録音には元マーズ・ヴォルタのドラマー、トーマス・プリジェンやグラミー賞受賞ピアニストのルスラン・シロタらが参加している。アルバムのラスト・トラック「A Message For Austin / Praise The Lord / Enter The Void」では坂本龍一が1992年のバルセロナ・オリンピック開会式のために書いた「El Mar Mediterrani」をサンプリングし、2012年に急逝したオースティン・ペラルタ(サンダーキャットの友人であり『The Golden Age Of Apocalypse』にも参加)への哀悼の意を込めた美しい曲に仕上げている。

 

大ヒットとなったアルバム『DRUNK』

 2017年の『DRUNK』にファレル・ウィリアムス、マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンスが参加したことは先に述べたが、彼ら以外にもケンドリック・ラマー、カマシ・ワシントン、ルイス・コールといった錚々たる面々がこのアルバムに華を添えている。メロウなタッチの楽曲も加わり、インパクトの強いアルバム・ジャケットに反して聴きやすい内容である(もちろん、演奏のクオリティは折り紙つきだ)。このアルバムには「Tokyo」という曲が収録されているのだが、この曲には彼の東京への思いとアニメやゲーム愛がたっぷり詰まっている。なにしろ”I Think I’m KENSHIRO, I Think That I’m GOKU”という歌詞まで飛び出すほどなのだ。念のため記しておくと、ケンシロウは『北斗の拳』、悟空は『ドラゴンボール』シリーズの登場人物である。この曲のMVは、サンダーキャット来日時の東京での姿––––「まんだらけ」やパチンコ屋、猫カフェ、電車の中など––––が収められていて、そんなところからも日本のリスナーへのアピール度が高かったのではないだろうか。

 

ファッション・メディアも注目する存在へ

 今年4月の『It Is What It Is』リリースに合わせて、様々な媒体でサンダーキャットのインタビュー記事を目にしたが、興味深かったのはその中にファッション系のメディアがいくつかあったことだ。このことからも、音楽媒体以外でもサンダーキャットに興味を持つ人が増えたことがよくわかるだろう。最新作ではこれまでとは趣を意にするバラード調の曲やフォーキーなタッチの曲も披露され、ソングライティングに一層磨きがかかった。ルイス・コール、カマシ・ワシントンといった常連組に加えて、チャイルディッシュ・ガンビーノやスティーヴ・レイシー、そして80年代のソウル、ディスコ・シーンで名を馳せたグループ「スレイヴ」のボーカル、スティーヴ・アーリントンが参加していることも話題だ。

 ところで、サンダーキャットが日本のアニメから多大な影響を受けているのは「Tokyo」についての話で触れた通り。「Tokyo」の歌詞では、そのきっかけは子どもの時に歯医者に行った際、『ドラゴンボールZ』のブレスレットを歯科医からもらったことだった、と述べている。そんな出合いから、彼はずっと日本のアニメやサブカルチャーを熱心にフォローし続けている。その影響は、楽曲のタイトルや歌詞にも現れているし、彼のファッションにも色濃く反映されているのである。『北斗の拳』のTシャツを卓越したスタイリング・センスで恰好よく着こなすし、ネックレスには『ドラゴンボール』シリーズや『AKIRA』などからのモチーフがあしらわれている。タトゥーも然りである。

 

リリース毎に更新される最重要作品

『WWD JAPAN』のウェブに掲載されているサンダーキャットのインタビュー(4月7日付の記事)で、彼は日本のアニメについてこう述べている。「黒人である俺にとって、日本のアニメは希望を与えてくれるものだった。社会の黒人に対する扱いは、まるでマンガの中の出来事のようにひどいことも多い」。そのように差別が横行する中、「『より高みへ上ろう』とか『なんでもできるんだ』って思わせてくれる––––マンガやアニメは黒人をより強くクリエイティブにしてくれるんだ」。この発言からは、日本のマンガ作品やアニメ作品への多大なリスペクトが込められていることがわかる。「クールジャパン」と称して、マンガやアニメを「コンテンツとして」輸出しようという政策よりも前の時代であっても、それらを「作品として」評価し、また共感する人たちはしっかりと存在していた。そうした人たちこそが文化を継承し、伝えてきたのではなかったか。作品は「消費されるコンテンツ」では決してないということを、本稿を書きながら改めて思った次第である。

 この記事で初めてサンダーキャットの名前を知ったという方もおられるかもしれないが、これをきっかけにぜひ彼の作品を聴いてみていただければと思う。エレクトロニック・ミュージックの要素はあるものの、ずば抜けて優れた生演奏の比重が高く、実に音楽的である。ファースト・アルバムがリリースされた時に、かのジャイルス・ピーターソンは「ジャコ・パストリアスの『ジャコ・パストリアスの肖像』以来、ベース・プレイヤーが作った最も重要なアルバムかもしれない」と述べたそうだが、新作を発表するたびに「ベース・プレイヤーが作った最も重要なアルバム」を更新し続けているのがサンダーキャットなのである。