文=細谷美香

©︎2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

ありのままの自分を受け入れ、慈しむ

 いきり立つことなく、声を潜めるわけでもなく、生理、避妊、中絶といった題材をこれほどまでにありていに描いた映画にはなかなか出会えない。映画館を出る頃、情けなくてかっこ悪いところもすべてを見せあえる親密な女友だちと、忘れられないひと夏を過ごした気持ちになる人も多いのではないだろうか。

『セイント・フランシス』の主人公は34歳のブリジット。レストランの給仕として働いている彼女は、レズビアンカップルの娘であるフランシスのナニーをすることになる。生意気で賢い6歳の女の子と時間をともにするうち、やがてブリジットのなかに何かが芽吹いていく。

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 大学を一年で中退した独身の彼女は、Tシャツに切りっぱなしのデニムのハーフパンツと、まるでティーンのようなファッションに身を包み、「35歳 何をするべき わからない」とググるような宙ぶらりんな毎日を過ごしている。キャリアを重ねたり、妻になったり母になったり、同世代の友人たちがこともなげに成し遂げている(ように見える)ことを、彼女はひとつも叶えられていないのだ。

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 真剣に交際しているわけではないミレニアル世代のボーイフレンドとの避妊に失敗して予期せぬ妊娠をしてしまったブリジットはすぐに中絶を選択するのだが、この映画は女性の体についてのすべてを、劇的なこととしては描かない。

 突然、生理がきて経血でベッドが汚れてしまったりする場面のみならず、劇中には病院で処方された経口中絶薬を飲んで自宅で出血して、その塊をボーイフレンドに見せる場面まである。日本ではまだ承認されていない薬だから、その後しばらく出血に悩まされるところまでを含めた一部始終が描かれていることに、驚きを感じる人もいるかもしれない。

 マヤとアニーというふたりのママにたっぷり愛情を注がれて育ってきたフランシスは弟の誕生によって寂しさを感じていて、ブリジットにもわがままを言いまくる。口が達者な6歳と大人気なく腹を立てる34歳との対等なおしゃべりは、タンポンや月経カップ、ジョーン・ジェットから家父長制にまで及び、その会話にはくすりとさせられる。

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 けれども肝が冷えるのは、ブリジットの不注意によって、公園でフランシスが池に落ちてしまう場面だ。『カモン カモン』にも独身の主人公がちょっと目を離した隙に甥っ子の姿が見えなくなる描写があったが、ブリジットもマヤに「親だったら過ちは許されない」と言われてしまう。

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 SNSにアップされたキラキラとした日常がその人のすべてではないと頭ではわかっていても、何者にもなれていない自分に対する苛立ちやがっかり感を払拭することは難しい。きっとブリジットもそうだったのだろう。けれども彼女は、マヤの産後うつや人種差別されるアニーの苦しみにも触れ、少しずつ他者に目を向け、さらには自分自身の心の奥底から聞こえる声に耳を澄ますようになっていく。

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 それにしても、自虐的ではない尿もれについてのトークがこれほどまでに女たちの連帯を感じさせてくれるとは! そんな場面からも、現代を生きる女性たちの“当たり前”を平熱で描き出している物語であることが伝わってくる。

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 グレタ・ガーウィグの『レディ・バード』などに触発され、自身の経験をもとに脚本を書いたのは、ブリジット役として出演もしているケリー・オサリヴァン。パートナーのアレックス・トンプソンが監督を務めた。ありのままの自分の心と身体を受け入れ、慈しむことからはじまる新しい季節が、きっとある。『セイント・フランシス』は、そのことを信じさせてくれる映画だ。