第5世代移動通信システムである5Gで注目される技術に、ネットワークを仮想的に分割し、超低遅延や高速大容量といった利用用途に応じたネットワークを提供する「ネットワークスライス」がある。多様な通信のニーズに対応するこの技術を高品質かつ経済的に運営するためには、設備やネットワーク制御・運用の高度な自動化が必要となる。

 NTTドコモ(以下、ドコモ)は、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)、 日本電信電話(以下、NTT) NTTネットワークサービスシステム研究所(以下、NS 研)、NTTネットワークイノベーションセンタ(以下、NIC)と共同して、ネットワークスライスの自動運用を実現する E2EO(エンドツーエンドオーケストレーション技術)についての実証実験(PoC)を行った。そして、国内通信事業者として初めて、標準化団体である ETSI(欧州電気通信標準化機構) ZSM(Zero touch network and Service Management)の公認を受けた実証実験に成功したと2022年3月に発表した。

 今回のPoCに関わったドコモのネットワーク開発部のメンバー3人に、E2EOの概要や標準化技術にコミットする意義や、今後の産業界を支えるネットワーク技術の展望について聞いた。

IOWN構想や、中期戦略の実現に不可欠な自動化・省力化の取り組み

 ネットワーク開発部のミッションの一つに、ネットワーク運用の自動化や高度化があります。E2EOの取り組みもその一環である。今回のPoCは、ドコモがリードしながら、新ドコモグループ企業となったNTT Comと、持ち株会社であるNTTのNS 研、NICと連携して行われた。

 この取り組みは、NTTグループが進めるコミュニケーション基盤「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想や、新ドコモグループの事業戦略にどのような関係があるか、PoCの責任者であるネットワーク開発部 E2Eオーケストレーション担当 担当部長 鈴木啓介氏に聞いた。

「IWON構想では3つの大きな軸があります。全てを光のネットワークにするAll-Photonics Network、仮想空間と現実空間でのサービス提供を行うDigital Twin Computing、そして、ICTリソースの最適 な調和を目指すCognitive Foundationです。3つ目のCognitive Foundationには、いろいろなリソースを究極的に自動化、省力化していく構想があり、E2EOは、法人のお客さまに対してタイムリーにネットワークスライスを提供する際に、人手を介さず提供できないか取り組んだものです」(鈴木氏)

 新ドコモグループの中期戦略の観点では、法人領域で、各産業のパートナーとサービス共創していく構想がある。2021年12月には、5G専用のコアネットワーク設備である5GC(5G-Core)と、5G基地局を組み合わせた「5G SA」(スタンドアローン)方式による5Gサービスを全国で開始した。従来のNSA(ノンスタンドアローン)方式の場合、4Gと5Gの連携が必要だったが、SAではよりシンプルな構成となる。

「SAの一つの武器がネットワークスライスです。IoTなどの技術を活用するなど、用途に合わせた柔軟なネットワークチューニングが可能となり、産業、公共、教育、医療などさまざまな企業・団体とのユースケース創出が始まっています。ドコモグループの中期戦略の中ではゼロタッチオペレーションをうたっており、高品質で経済的なネットワークを実現して成長軌道への転換を図ろうとしています。今回のE2EOの取り組みはこれにも関連しています」(鈴木氏)

 従来の通信環境の場合、法人もコンシューマーも同じネットワーク上でサービスを利用していた。5G SAでのネットワークスライスなら、用途に合わせてネットワークを論理的に分割できるため、IoT機器の制御に特化したもの、低遅延性に特化したもの、信頼性を担保するものなど、あらゆる産業での利用に柔軟に対応できるネットワークを提供できる。

ネットワークスライス提供の省力化の課題解消のため、NTTグループの資産を活用した実証を展開

 ネットワークスライスの提供に関する課題について、ネットワーク開発部 E2Eオーケストレーション担当 主査である尾本泰輔氏は「ネットワークを構成する複数の装置に対して設定や監視が必要で、要求条件の異なるネットワークの素早い作成が困難なのです。要求に応じて高速に通信させたり、専用の経路を作ったりと、複数の用途に応えるために、現在の技術の延長で運用しようとすると、非常に多くの時間がかかってしまいます」と説明する。

 こうした問題を解決するのがE2EOで、5Gネットワークスライスの設定/監視といったライフサイクルマネジメントの自動化行い、さまざまな要求に柔軟かつ迅速、経済的に応えることを目指した取り組みだ。研究所にPoC環境を作り、E2EO制御の部分は、NTT Comが持つオーケストレーション技術「Qmonus」を採用して展開した。NTTグループ全体のアセットを活用した形だ。

 今回のPoCでは、E2EOに対してスライスのオーダーをし、各ネットワークのドメインに対応した形の設定依頼を渡すことで、自動的にネットワークスライスが作られる動きを確認している。従来のやり方では数日から数カ月かかっていたネットワークスライスの設定が20〜30秒で可能となることを証明したのだ。

 実証において苦労した点について、関係各社の調整を行っていた、ネットワーク開発部 E2Eオーケストレーション担当 担当課長 磯部慎一氏は「非常に短期間でのPoCだったので、かなり大変でした。2021年の10月ごろに本格化し、2022年1月に開催したイベント『docomo Open House’22』で展示をしたので、実質3カ月くらいの短期間での実装でした。苦労しましたが、異なる組織が遠隔で協調して短期間で実証できたのはよかったです」と述べる。

 技術的に苦労した点について尾本氏は「実装時の細かなパラメータの調整に一番苦労しました。ZSMの規定と実装が完全にマッチしないところが多々あり、本当にオペレーション上で利用するのか、どんな環境を用意すればいいのか、使い勝手はよいのかなど、検討する必要があり、具体的な数値を出すのにすごく苦労しました」と語った。