シャネルのスーツは、シンフォニー

 シャネルのスーツに対する見方も一変した。

 50年代、スイスでの隠遁生活をやめ、71歳でモード界に復活したシャネルが世に問うたシャネルのスーツは、しばしば「機能的・実用的」と評される。上着の裾に縫い付けられた金のメタルチェーンが安定性を保ち、ポケットが手を入れて美しい位置につき、スカートの内側にはブラウスを安定させる工夫がある、というように。

素材の上質さが決め手となるスーツは、解剖学的な構造を尊重し、動きを最優先に考えて作られた

 もちろんその通りなのだが、それ以上に、シャネルのスーツというのは、上下セットになったスーツというよりもむしろ、360度表裏含めた全体のシンフォニーなのだということが理解できた。

中間色によって仰々しさは極力避けられながら、細部の技巧の集積で上品にまとめあげられたスーツ

 表に出す裏地、裏地と共布になったブラウス、生地とのコントラストを強めるブレード、組みひも、通常は廃棄される生地の耳。さらにはバイカラーの靴とバッグと香水。すべての細部を統合し、一着ごとに異なる世界を奏でるようなクラシック・シンフォニー、それがシャネルのスーツなのである。だからこそ、モードの新規性という次元を超えて、さらに機能をも超えて、永遠に飽きられない。

シャネルのためだけに作られた手織りツイードは、ニットのようにしなやかで柔らかい

 翻って、男性のテーラードスーツも、シンフォニーという見立てができることに気づかされる。細部ひとつひとつの要素が全体にとっての有機的な意味を帯び、それらが響き合ってシンフォニーとしてのスーツスタイルが完成する。シャネルはそんな男性スーツの魅力の本質をとっくに見ぬいていたのだろう。