文=藤田令伊 写真提供=根津美術館

尾形光琳筆 国宝「燕子花図屏風」(右隻)日本・江戸時代 18 世紀 根津美術館蔵
尾形光琳筆 国宝「燕子花図屏風」(左隻)日本・江戸時代 18 世紀 根津美術館蔵

従来の屏風絵とは異なる宇宙的表現

 この連載シリーズは「知られざる日本のすごいアート」と銘打って(しまって)いるので、作品のセレクトがじつはけっこう難しい。「知られざる」だから、すでに知られている作品は除外となる一方、では知られていなければそれでよいかというと、そんな簡単な話ではなく、「すごい」ものである必要がある。

 あるいは、「知られざる」を意識しすぎると、ほんとうに「すごい」作品をまったく紹介できなくなってしまう。それでは字義にこだわりすぎて素晴らしいアートを広く紹介するという本来の趣旨からすると本末転倒ではないか?——といったことがあって、多少の苦しみと迷いを抱きながら毎回執筆しているのが実情である。

 で、今回は尾形光琳の《燕子花図屛風》をピックアップしようと思う。これは大変よく知られている作品である。なので、やはり本連載にはそぐわないということになるのだが、あえて取り上げることにしたのは、これを無視するのは「日本のすごいアート」という企画において画竜点睛を欠く思いがするからである。そこで、ちょっと苦しいが、作品自体は知られていても、「知られざる話」があればよしとすることにした。ご了承願いたい。

 さて、この屛風は伝統的な屛風の描き方とは趣が大きく異なっている。何よりも地が金箔のみで、描かれているのがどういう場所か、シチュエーションがまったくわからない。その正体不明の金の空間のなかにカキツバタが群生している。カキツバタの花の色は群青のみで、他の色の花はない。

尾形光琳筆 国宝「燕子花図屏風」日本・江戸時代 18 世紀 根津美術館蔵

 一般に屛風は右から左への流れで描かれるが、ここでは左から右のようにも見える。カキツバタは左隻では下方に、右隻では真ん中に位置しているため、幾分、右隻のカキツバタのほうが見る者から距離があるように感じられる。

 また、個々のカキツバタには個性(?)がなく、まるで制服を着て並んでいるかの如き風情である。さらに、絵全体に使われている色の数がごく少なく、カキツバタの花の青、葉の緑、そして背景の金の三色のみの世界である。

 本作を説明すれば以上で終わる。ほかに説明的な要素は何もない。素っ気ないといえば、このうえないほど素っ気ない作品なのである。

 しかし、そのことが本作最大の特長となっている。このきわめて限定的な、現代アートのミニマルアートにも通じる表現は、カキツバタという花を一応の題材にしてはいるけれども、さりとて現実を描き出そうとはまったくしていない。

 無限の黄金空間に浮遊するカキツバタの群れ。じっと見ていると、夢幻的なイメージが湧いてくる。カキツバタはただ存在しているだけではなく、ある種の諧調を伴って列をつくり、リズミカルに脈動しながら見る者の心に響いてくる。これは夢なのか、それとも現なのか。イリュージョニスティックな体験であり、カイヨワのいうところの “めまい” に通じるものがある。そして、この作品の本質的な意味合いは、そこにこそあると私は思う。