文=藤田令伊 写真提供=茨城県陶芸美術館
一般的な陶器とはまったく異なる「練上手」
今回はこれまでちょっと手薄になっていた工芸作品に光を当ててみたい。この作品を初めて見たときの私の感想は「信じられない」というものだった。
その「信じられない」の中身は、こんな表現がこんな制作方法でよく実現できるものだという技術的な面での驚きと、とはいえ単に技法だけではなく、卓越した作者の美意識への賛美の両方が溶け合った興奮にほかならなかった。
これをつくったのは松井康成という陶芸家である。大学卒業後、陶芸の本場・茨城県笠間で陶器づくりを学んだ松井は、1960年頃、お寺の境内に自分の窯をつくり本格的に陶芸に打ち込み始める(笠間の月崇寺というお寺に入り、住職を継いでいた)。当初は古陶磁器を模倣した作品をつくっていたそうだが、1968年頃から「練上手(ねりあげで)」に焦点を絞って取り組むようになる。
練上手とは、色のついた粘土を二種類以上重ねて組み合わせ、それを捻ったり伸ばしたり練り込んだりなどして模様を生み出す技法のことで、素焼きしたものに釉薬で彩色する一般的な陶器とは制作法がまったく異なる。原理自体は子どもの粘土遊びと同じである。
練上手そのものは古くからあるが、松井は工夫を加え、やがて他の追随を許さない独自の表現世界を切り拓いていく。この《練上嘯裂茜手大壺「深山紅」》は、その一端を示す作品である。朱系のトーンの横縞模様が入った壺で、横縞模様は太くもなく細くもないといった趣で壺全面を覆っている。まるで土星か木星みたいでもある。壺の下半分の模様のほうが若干暗めになっているように見える。
複雑な印象をもたらす「嘯裂」
また、特徴的なのが表面のマチエールである。やはり全面にわたって細かくひび割れが入っているのだ。これは貫入(陶器表面の釉薬が割れて生じるひび模様)とは違うもので、まだ焼く前の器の表面を刷毛や櫛などで細かく微妙に傷つけ、器を内側から押し出して亀裂を生じさせ、それを焼くことによって表現している。この技法を「嘯裂(しょうれつ)」という。
嘯裂のひび割れをさらに細かく見ると、幅が広くて深いものもあれば、ほんのわずかに割れているだけのものもあり、多彩である。その多彩さが単調さを払拭し、複雑な印象に結実している。
こうして壺は、練上手と嘯裂とが絶妙に融合した結果、他に類を見ない玄妙な味わいを生み出している。陶器なのだから硬いものではあるが、まるでパウンドケーキか何かのような感触、そう、見ているだけにもかかわらず感触までもが鑑賞者に伝わってくるのである。