モノとして美しい作品にしたかった

 坂本美雨の母である矢野顕子には、『ピアノが愛した女』というドキュメンタリー映画がある。1992年にアルバム『スーパー・フォーク・ソング』のレコーディングを観客のいないホールでピアノと声だけでレコーディングする様子を追ったものだ。

 この映像での現場のひりひりとした緊張感、緊迫感はすごい。

「あれはちょっと頭によぎりましたけど、さいわい、みんな疲れてきてもぴりぴりした空気にならず、やさしい雰囲気が最後まで続きました。やさしい人しかいない現場だったんです(笑)」

 この『bird fly』は通常盤、限定盤とも質感のある紙でできたパッケージに包まれている。いわゆる紙ジャケではなく、手触りのよい紙の箱。中のブックレットなども凝った作りでモノとしての魅力がある。

「もともとレーベルと環境のことを考えて極力プラスティック・フリーにしたいと考えていました。そこでアート・ディレクターのサイトヲヒデユキさんが紙を折って作るという案を考えてくれました。いろいろ手作業で試行錯誤してくださって完成した。私自身も最近は音楽を配信で聴くのがほとんどなので、そんな時代にCDを出すなら記念品として取っておきたいものにしたいと考えたんです。そこにあるだけで気持ちがあがったり、長く大事に持っていてもらえるようなモノにしたかった。モノとして美しい作品にしたかったんです。レーベルもよく許してくれたと思います」

 

グラフィック・デザイナーを志望していた

 音楽家になるまではグラフィック・デザイナーを志望していたり、アクセサリーのデザインもやってきたので、パッケージにもこだわりがある。

「そう、16歳でSister M名義でデビューしたときはたグラフィック・デザイナーになろうと思ってました。でも、Sister Mで『The Other Side Of Love」を録り終わって、あ、これは本当にやりたいことだと親に告白したんです。Sister Mは教授(坂本龍一)のプロジェクトだったからそう反対されなかったけど、矢野さんには完全に反対されて、いまでも反対なんじゃないかな(笑)』

 反対を押し切り、アーティスト活動を続け、来年はデビュー25周年の年となる。もうベテランの域に達しているし、実際に多くの音楽を作ってきた。でも、両親からその感想を伝えられることはほぼないままだった。

「両親とも照れもあるのかもしれないけど、いまも厳しい目で見てるんでしょう。ただ矢野さんは、このあいだパラリンピックの開会式に出て歌ったときにたまたま見てくれていたようで、娘が出てる! ってツイッターに書いていたんですよ。朝ドラの『おかえりモネ』の劇中歌についても娘の声もよかったと。矢野さんがほめてるって、みんなおおっ! って。周囲では大事件ですよ(笑)。親が子をほめたというだけで周囲がざわつくという(笑)。父も、パラリンピックのときはよかったとLINEをくれました」

 先に書いたとおり愛娘のなまこちゃんも、来年から小学生だ。2019年に行われたYMOのトリビュート・イベント『Yellow Magic Children』に出演して「音楽」という曲を歌ったが、そのリハーサルの際、坂本龍一が当時の坂本美雨の様子を描写した「君はピアノにのぼってオンガク」という一節を歌っているとき、まさになまこちゃんがピアノにのぼって母の歌にあわせて踊っている光景を見た。

 ひょっとしてなまこちゃんの将来は?

「う~ん、大きくなったら私の音楽は聞かないんじゃないかな。私も子供の頃は親の曲なんて! って聴かずに逆方向のものばかり聴いてたし。それに感想を聞くのは正直こわいです(笑)。でも、音楽かどうかはわからないけれど、なにかしら自分を表現する方法を身につけてほしい。音楽じゃなくても、それが自分を助けるときが必ず来るから」

PROFILE 
坂本美雨(さかもと みう)

1980年5月1日生まれ。
1980年、音楽一家に生まれ、9歳でNYへ移住。
1997年、16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。以降、本名で本格的に歌手活動をスタート。

音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ、ラジオではTOKYO FM他全国ネットの「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」でもDJを務める。

ユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」としても活動。 2020年、森山開次演出舞台『星の王子さま-サン=テグジュペリからの手紙』に出演。 2021年、ニューアルバム『birds fly』をリリース。

動物愛護活動をライフワークとし、著書「ネコの吸い方」や、愛猫“サバ美”が話題となるなど、“ネコの人”としても知られる。児童虐待を減らすための「こどものいのちはこどものもの」の発起人の一人でもある。2015年に長女を出産。猫と娘との暮らしも日々綴っている。

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